IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

ASP/SaaSの利用は大手から中堅・中小に ASPIC会長・河合輝欣氏、大いに語る

ASP・SaaSは饅頭の餡子

河合 SAP・SaaS白書は今回が3回目となるわけですが、ASPとSaaSの違いは何か、という議論にはすでに決着が着いている。SAPICの専門委員会で3年前、喧々諤々の議論をしまして、答は「見え方が違うだけで、本質は同じだ」ということに落ち着いています。ここに最近になって、「クラウドコンピューティング」という概念が登場してきた。

 白書を編集し始めたときは、ちょっと触れる程度でいいかな、と思っていたんだけれど、だんだんウエイトが大きくなってきて、関連する記事がどんどん出てくるし、というので、とうとう章立てするまでになりました。あんまり時間をおくと状況がそんどん変わってしまうので、どこかでエイヤッとやらないと、いつまでも白書が発行できなくなる、というわけです。

 ですが手を抜いたとか、いい加減で済ませたわけじゃないですよ。ASP・SaaSとクラウドコンピューティングの位置づけを分かりやすく図のように整理した。それが発表資料の最初に示してある。このように分かりやすくしたのは、たぶん初めてじゃないかと自負しています。もっと分かりやすく言うと、クラウドはASP・SaaSの集合体で、ASP・SaaSが饅頭の"餡子"(アンコ)。慶応大学の先生はアンパンに喩えているけれど、私の好みは皮が薄くて餡子が美味しい饅頭なんで、そういう喩え話をしています。

 

2015年に3兆円規模

 で、記者の皆さんが知りたいのは、たぶんこういうことだろうと思って用意したのが今後の市場規模予測とビジネスモデルの発展形態です。市場規模を言いますと、ASPICの調査だと2008年度は総額が約1兆円。内訳はデータセンターが7,378億円で全体の74%、アプリケーションが2,620億円で26%といったところです。ただ今後の伸びを予測すると、データセンターの成長率はは年10%ぐらいで、2015年には2008年度のほぼ倍の1兆5,489億円になるだろう。

 これに対してアプリケーションは急成長して、6倍の1兆6,407億円。これは一定の予測値をかけた結果なので端数は無視していただいて結構です。両方合わせると約3兆円で、アプリケーションの方が大きくなるというのが、今回の予測のポイントです。

 じゃ、どういう分野で伸びるのかを見ると、公共より製造業、製造業より非製造業ということになる。公共は2008年度の655億円が2015年度に1900億円と3倍弱、製造業は1,790億円が5,800億円だから3倍強で、これだってかなりの成長率ですけど、非製造業がやっぱり大きい。

 かなり細かく予測した業種別の市場規模を積み上げたんで、詳しくは白書を読んでいただくとして、非製造業は2008年度でも全体の75%と大きなウエイトを占めているけれど、2015年度には2兆4,000億円超の大きなマーケットになると見ています。

 

4つの形態に分化していく

 次に今後の発展形態ですが、ASPICでは大きく4つの形に分化していくだろうと考えています。一つは「プラットフォーム型」で、現在の主力といっていいスタイルです。

 2番目は「ビジネスプロセスサービス型」。これはBPOやヒューマンウェアなどと融合して、例えば文具や資材の受発注や法務・人事のアプリケーションを提供するような形で企業の事務管理を代行する。ビジネス向けインターネット・サービスの主流になりつつある。

 3つ目はアプリケーションサービス領域のサービスで、メール配信やファイル転送といったベーシックなサービスに、アプリケーション・スイートのような仕組みや携帯電話との融合などで社会や業界の共通基盤になっていく。財務会計や販売管理といった基幹系システムの提供が始まりましたけど、それがどのように連携していくかがポイントになるでしょう。

 最後が特定業種・特定企業向けの「顧客特化型サービス」。オーダーメイド基幹業務型、プライベート・データセンター型、顧客オンサイト型の3つのモデルを想定してみました。

 この4形態のASP・SaaSを包含するのがクラウドコンピューティングと理解していいんじゃないでしょうか。異論を唱える人もいるけれど、プライベート・クラウドというのも登場してくる。つまりクラウドコンピューティングもベーシックな汎用モデル、業種・業務向けの共通モデル、特定企業用の専用モデルといった形が展開されるんじゃないか。

 

安全・安心とコスト

 今回の白書はまず利用者の立場で見たらどうなんだろうということから書き起こしていますんで、そこから説明しますと、利用者から見たASP・SaaSのメリットをアンケートで調べたんですね。白書の73ページにあるように、サンプル数4141件から351件の回答があった。細かなことは白書を読んでいただくとして、多い方から見ると、「導入作業が簡単」という回答が31.7%、「初期費用が安い」が30.3%、「セキュリティの安全性、信頼性」が26.8%、「運用の利便性」が26.5%。

 ASP・SaaSの利用で重視していることは、第一が「安全・安心」で、現在、すでにASP・SaaSを利用している人――人というのはつまり企業ですけど――その約6割が情報開示認定の有無を選択条件の一つにしている。白書の巻末に「ASP・SaaS安全・信頼性に係る情報開示認定サービス」の一覧を載せてありますが、現在は75件だったかな? そういう認定サービスが、ユーザーが選ぶときの目安になっているのは事実です。

 第二は「コスト」。一般的にASP・SaaSは月額利用料だけで済むので、パッケージを購入したり自前でシステムを作るより安いといわれるけれど、すでにASP・SaaSを利用している人はちゃんと分かっていて、さっきも触れたように、導入メリットとして「初期費用が安い」をあげた人は全体の3割しかいない。じゃ、どうしてコストダウンになるかというと、運用まで考えているんですね。自前のシステムを開発して運用するための要員のコスト、教育研修費、外注費、さらに人事異動といったことまで考えてASP・SaaSを導入している。トータルコストで質問すると、「従来より減った」という人が基幹業務系で35.9%、支援業務系で34.5%と、おおむね4ポイントほど上昇している。

 

17.5%の企業が利用

 いろいろ話したいことがあるので駆け足で行きますが、今回の調査でASP・SaaSの普及率は17.5%でした。大企業から中小企業まで、何かの業務にASP・SaaSを利用している割合なんで、情報システムの17.5%というわけじゃないということに留意してください。今回の特徴は、大企業での普及率を中小企業が逆転したこと。特に従業員が少ない中小企業での普及率は30%にもなっています。ASP・SaaSは当初から中小企業のIT活用の有効な手段とされてきたけれど、これまでは大企業が中心だった。それがやっと中小企業に軸足が移った。グループウェアに代表される支援業向けアプリケーションを中心に、中小企業がこれからの主役になる。

 規模別に、「どんなASP・SaaSアプリケーションを利用しているかを見たのが94ページのグラフです。これを見ると、中小企業での利用率が大企業より高いのは、基幹業務系では「Web通販サイト」、支援業務系では「文書管理」「ブログ・SNS」といった程度で、全体ではまだ大企業に及ばない。しかし「会計処理」「給与計算」「メール配信・アドレス管理」といったアプリケーションの利用率は大企業に追いつく寸前まできていて、どうやら汎用性の高いサービスが、まず中小企業が受け入れやすいということが分かります。

 

1,500社で3,000件

 一方、ASP・SaaS事業者はどうかというと、今年6月現在、確認できるのは国内に約1,500の事業者がいて、約3,000種類のサービスが提供されている。事業者の規模を見たのが円グラフですが、売上高5,000万円未満の企業が半分を占めていて、経営基盤は脆弱なんだけど、7割近くの企業が売上高を伸ばしている。まさに「これから」の感じが強い。

 ASP・SaaS事業というと、一般的にはITの専門会社を思い浮かべますが、決してそうではないんですね。これまでコンピュータやインターネットのユーザーだった企業が、自社のアプリケーションでサービスを始めるケースが少なくない。

 さきほど「ASP・SaaSは餡子なんだ」と言ったのはこのことです。そのためもあってか、他社との連携が活発に行われています。

 回答が143件とちょっと少ないんですけれど、ASP・SaaS事業を開始してからの年数と従業員規模、事業の進展状態を調べてみました。すると「2年以下」は従業員規模とかかわりなく「計画より伸びている」という回答がなくて、6割以上が苦戦している。ところが「3~5年」では「計画より伸びている」という回答が2割から3割あって、半数以上が軌道に乗っている。「6年以上」ですと従業員規模によって差がついている。そんな結果が出てきました。

 たぶんこれはアプリケーションの連携や他社との協力といったことが関係しているんじゃないかと想像します。ASP・SaaS事業者の45.5%が「業務アプリケーション間で他社と連携している」と回答しています。また「販売業務の一部もしくは全部を委託している」という回答が36.4%もある。これはどういうことかというと、事業開始から2年、3年すると、アプリケーション連携が必要なんだということが分かってくる。アプリケーション連携は例えばSalesforceCRMとの組み合わせとかがありますし、販売を委託しているのは本業を他に持っているからじゃないかと推測できます。

 

クラウドは3つの形態に

 最後にクラウドコンピューティングについてですが、クラウドコンピューティングが実現可能となったのは、①ブロードバンド環境、②「場」の提供モデルの進展、③仮想化技術、④ストレージの大容量化と低価格化、⑤超並列分散処理技術、⑥ASP・SaaSなどSOAの実用化――などがあるわけです。もう一つ言えば、ユーザーのマインドの変化がある。白書の帯にも書きました、「ICTの所有から利用へのパラダイムシフト」が起こっている。

 雑誌や新聞の皆さんが特集を組んだりしているんで、ここで細かいことは省略しますが、ASPICとしてはクラウドを3つの形態に分類してみました。一つは不特定多数の利用を前提とした「パブリック・クラウド」、2つ目は特定企業向けの「プライベート・クラウド」、3つ目はパブリック・クラウドとプライベート・クラウドを組合わせた「ハイブリッド・クラウド」。どの形態が本流かは、ユーザーが自社にとって最適なのはどれかという判断にかかっているし、ベンダー側の特性もあるんで、現時点では分からない。

 それから今年3月末にスタートしたJ-SaaSですが、私どもは総務省のお抱え団体じゃないんで、非常に有効な仕掛けだと思っています。また最近話題になっている「行政クラウド」ですが、すでに稼動しているLGWANや住基ネット、そのために開発した共通基盤や認証システムとどう整合性を取っていくのか、という疑問がある。疑問はあるんだけれど、霞が関が考えていることは分からないと申し上げておきます。

 ただ言えることは、クラウドコンピューティングというのはスケールのビジネスだっていうことです。土地が高くて、狭い日本と比べれば、アメリカは土地が安くて広大で、中国やインドだと人件費も安い。そこに大規模なデータセンターを作って、何10万台ものサーバーを設置した方がコストは下がる。ということは価格競争力では断然有利になる。ユーザーが「料金は安ければ安いだけいい」というのなら、クラウドの市場ではアメリカや中国のベンダーが勝つ。

 でも、それでいいのか、という問題がある。日本の企業や行政のITが海外に握られていいのか。今でさえ、パソコン、インターネットがそうですが、クラウドコンピューティングはこれはもう安全保障の問題でもあるわけです。ASP・SaaSの肝はアプリケーションで、これは饅頭の餡子だということを冒頭に申し上げました。餡子がどこにあるのかということと、オンサイトのサービスは必ず求められる。今日はこんなところで説明を終わりにします。