IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

及川秀悟氏(ぴこねっと社長)受託でクラウド型システム【1】

 

   昨年からIT業界は「クラウド」一色。受託型ITサービス会社の多くが戸惑いを隠せない中、「当社(うち)は10年も前からクラウド型のシステム開発に照準を当ててきた」という会社がある。(株)ぴこねっと(東京都港区愛宕)がそれだ。同社ばかりでなく、システム構築を依頼したユーザー企業もインターネット時代に対応したビジネスモデルに転換し、業績を伸ばしているという。その基本的な考え方、きっかけは何だったのか、及川秀悟社長に聞いた。

Webと基幹DBを連携

――インターネットで「ぴこねっと」を検索すると、最初に《生粋市場》が出てきます。その次に会社概要が表示されます。御社自らがECサイトを運営なさっているんですね。

及川 《生粋市場》はね、2001年にスタートさせたんです。わたしが日本伝統文化振興機構っていうNPOに参加しているもんだから、最初は各地の伝統工芸品を扱っていたんですよね。そのうち郷土料理を扱うようになって、今はインターネット・ショッピング・サイトになってます。

――それなりの収益はあるんですか?

及川 ま、そこそこ、です。あれはね、お客さんからECサイトや基盤システムを受注している以上、当社も実際にやってみなくちゃ。

――第2の楽天をねらった?

及川 いや、そんなことはありません(笑)。当社は流行り言葉で言うと、クラウド型アプリケーションの開発会社ですよ。《生粋市場》はね、あとで詳しく説明しますけど、当社が提案している「インターネット・マーケティング」のコンセプト、それを実証する場でもあるんです。

――その「インターネット・マーケティング」。簡単に、どういうことなのか説明していただけますか。

及川 話としてはそんなに難しいことじゃないんです。Webで受発注が行われると、ダイレクトに、リアルタイムで基幹系のデータベースが更新される。そういう仕組みがあって、その上で消費者の嗜好とかトレンドだとかを統計的に分析して最適な商品を取りそろえて行く。そういう仕組みです。

――ECサイトとかWebアプリケーションっていうのは、そういう仕組みじゃないんですか?

及川 あ、わたしが言ってるのは中小企業のシステムのことですよ。大手企業の場合はお金もあるしIT技術者もいるから、そこのところはちゃんとできてるんでしょうけれど、ところが中小企業のシステムはそうなってないことが多いんです。ネットオークションのようにインターネットでクローズされているサービスならそれでいいかもしれないけれど、世の中の多くの販売業は、リアルな営業とネットでの受発注が並行して行われている。

――リアルな営業?

及川 営業マンがお客さんを訪ねて行って注文を取るとか、電話やFAXで受注するとか。EDIのようなオンライン受発注もありますよね。ここにWebが加わって受発注の窓口は広がったんだけれど、基幹の販売管理システムや在庫管理システムでの処理はバッチで行われていることが多い。それと物販ではモノが動きますよね。ということは、Webサイトでの在庫数量と実際の在庫数量がリアルタイムで同期してなければなりません。例えば古着のお店が実際の店頭とインターネットで販売しているとするでしょ? ネットで注文したら、そのときはもう店頭で売れちゃってた、ということがけっこうあるんです。古着は量産品じゃなくて、たった一つしかない。

――それは既存のシステムでも起こることですよね?端末で調べたら在庫があると。それで注文を受けたら、実は在庫がなかった、足りなかったというようなことが。

及川 だから見込みで生産しているし、見込みで在庫しているんです。経営者や事業部長は3日前とか1週間前の営業情報で判断している。当社のシステムはそれを解決した、ということです。ここまで来るには、そりゃ簡単な話じゃなくてですね、15年もかかりました。

ターゲット・ユーザーは中小企業

――ターゲット・ユーザーは中小企業ですか?
及川 そうです。創業からず〜っと地域の中小企業向けのシステムを作ってきました。売上高にすると10億円という会社もあるし1,000億円ということもあります。たまに大手企業から相談に乗ってほしいということがあります。つい最近もネット系の大手から問合せがありました。名前を聞けば、誰でも知っている会社ですよ。

――素朴な疑問ですけど、なぜ中小企業だったんですか? 大手企業を相手にした方が、売上げも増えるし会社も大きくできるじゃないですか。会社を立ち上げたのは2001年でしょ? IT技術者を集めて派遣すれば……。

及川 いや、創業は1985年。ぴこねっとの前にシーエスエスという会社がありました。

――だったらますます要員派遣型であっておかしくない。なのになぜ中小企業だったんですか?
及川 技術者を派遣することは全く考えなかったな。中小企業だと、お客さんの顔が見えるでしょ? 大きな会社を相手にすると、何のために、誰のためにシステムを作ってるのか分からなくなる。それに会社が大きくなると、ソフトウェアを作るのじゃなくて、ソフトウェアを作る人やプロジェクトを管理するのが仕事になってしまう。そういうのは面白くないじゃないですか。
――他のIT会社と共同でとか、分業で、ということはあるんですか?
及川 そういうこともありますけど、たいていは直の受注ですね。たった11人の小さな会社ですけど、9割は元請け。
――及川さんをご紹介いただいた了戒さん(了戒卓:りょうかい・たかし氏:ベストロン取締役、元ミロク情報サービス取締役企画室長)も中小企業向けのSaaSに着目している。お二人は長年の親しい関係とうかがいました。

及川 了戒さんとのお付き合いは30年以上になります。了戒さんは兄弟会社のミロク情報サービス、わたしはミロク経理という会社に務めていましてね。

――オフコンベースの……、1980年代はオフコン全盛期でしたからね。ミロク経理は会計システムの開発・販売、ミロク情報サービスは会計処理の受託計算サービスという役割分担でした。何度か取材したことがあります。

及川 当時、わたしは広島支社長を務めてまして、毎月、東京で開かれる幹部会議に出ると資金繰りの話ばっかりでね。こりゃもう危ないな、と思ったので辞めることにした。
――沈んでいく泥舟から逃げた、って批難されませんでした?

及川 そう思った人もいたでしょうね。弁解になるかもしれませんが……。

――25年も前のことですから、そのことはご説明いただかなくて結構ですよ。

及川 いや、現在のぴこねっとにつながることなんで、お話しておきます。広島支社っていうのは中国地方5県と四国地方4県を統括していたんです。何百社ものユーザーがいるわけです。ミロク経理が倒産したら、お客さんはどうするんだ、ということです。システムを販売した者としての責任がある。それで広島にユーザーをサポートするシーエスエスという会社を設立しました。

――あ、なるほど。

及川 とはいっても、ミロク経理とも、ユーザーとも、何の契約も結んでいない。

――じゃ、何もできない。

及川 それが分かったんで、独自の経理ソフトを作ったんです。当時はオフコンが全盛だったけど、これからはパソコンだと考えて、パソコン版を作りました。それがスタートでした。

――MS−DOSの16ビット。

及川 普及していたのは16ビット機でしたけど、ターゲットにしたのは32ビット。32ビット機ならオフコンと大差ない性能が出ると思って。OSはDOS/Vという選択肢もあったけど、わたしはMS−DOSにしました。

――MS−DOSはコンシューマ向け、ビジネス向けはDOS/Vが主流になるといわれた時代でしたね。AX協議会なんていう組織もありました。

及川 本当のことを言うと、DOS/Vが分かる技術者がいなかった(笑)。好むと好まざるとにかかわらず、MS−DOS版のソフトを作るしかなかった。結果として正解だった。それを中国、四国のユーザーに販売して行ったんです。ユーザーは300社ぐらい。

 

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