IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

「J-SaaS全国キャラバン」パネル ITに使われない方法~要点は顧客と社員の満足度~

「J-SaaS全国キャラバン」で筆者が司会進行を担当したのは高松、大阪、札幌、名古屋、金沢、福岡の計6回。パネルディスカッションはともセミナーの最後(15:45~17:30)に設定されているため、「皆さん、残っていてくれるだろうか」「ちゃんと聴いてくれるだろうか」と内心ビクビクものだった。高松市でのパネルに出席したのは、筆者のほか、長尾和彦氏(㈱エイド社長)、奥谷義典氏(㈱ソレキア元高松支店長、現顧問)、古芝保治氏(枚岡合金工具㈱社長)の3氏。それぞれの立ち位置は、長尾氏がJ-SaaS普及指導員、塩谷氏がITベンダー、古芝氏がIT経営企業の代表ということになる。パネルはIT経営企業の事例紹介ということで、古芝氏から始まった。(所属・役職はいずれも当時)

 

J-SaaSから離れて

――これからパネルディスカッションというわけですが、J-SaaSのサービスはまだ始まっていませんので、その事例というわけにも行きません。そこでここではJ-SaaSから離れて、中小企業におけるIT経営の視点から、事例を古芝さんにお話いただきたいと思います。で、会場の皆さんに古芝さんの会社が取り組んだIT改革を簡単に紹介しておきますと、といって私も枚岡合金工具のホームページをのぞいただけですので、間違っていたら訂正していただきたいのですが、金型の図面や見積書、企画書など紙の情報を電子化して、誰もでも素早く検索できるようにした。しかもそのシステムを「デジタルドルフォンズ」という製品にして販売もしている、と。概略はそういうことでいいでしょうか。

古芝 ザックリいえばそうですけど、それは結果でして。その前に枚岡合金工具は何をやっている会社かといいますと(プレゼン資料を映しながら)、ちょっと特殊な金属部品の金型とか平温の鉄を特殊な部品に加工して納めている。お取引先には愛知県の自動車メーカーさん、大阪の家電メーカーさん、そこまで言えば皆さん分かっていただけるでしょうけど、そういう会社がありまして……。

――今回の景気後退でたいへんかも知れませんけど、お客さんは一流企業じゃないですか。

古芝 それはいいことでもあるけれど、困ったことでもある。というのは、一流企業の要求に応えるには、当方の製品も一流じゃなければならないからなんです。ところがそうはいってもコッチは中小企業ですからね、大きな投資はできないし、大学の工学部卒のエンジニアを採用することもできない。そんなこんなで10年前、当社は業績が伸び悩みましてね。というより年商がピーク時の4分の1にまで落ちて、このままやったら会社がつぶれるかもしれん、というところまで追い込まれた。こりゃ何とかせんといかんと思ったわけです。私は二代目でしてね、今の政治家みたいに二代目になったらダメになったと言われんようにと思いまして(笑)。だから最初はITなんて考えていなかった。それより恥ずかしい仕事はしとうない、子どもや孫に胸張れる仕事をしよやないか、と。それを社員に訴えた。

――子どもや孫に胸を張れる仕事、なんてカッコいいじゃないですか。ところでどうして業績が落ちたんですか。よろしければ教えてください。

 

職場の整理整頓から始めた

古芝 要するに仕事に対する姿勢がなってなかった。いいお客さんが付いていることにアグラをかいた。職場が雑然としていて、工具がどこに行ったか分からん。紙の図面はパンチで穴を開けて紐で綴じてあるんだけれど、探し出すのに時間がかかる。工具や図面を探すのにかかっている時間をお金に換算したナンボやろ、と考えたら、そや、整理整頓から始めんとイカンと。

――いまご紹介いただいた映像を見ると、工具を掛ける場所には工具の形が描かれていて、何が掛けられているべきかが一目で分かる。そこになければ誰かが使っているか、片付け忘れているわけだ。書類のバインダーは背表紙に赤い帯が斜めに付いていて、その線が揃うように差し込めば順番通りに並ぶ。見えるようにすることが整理整頓の第一歩だったんですね。

古芝 そりゃもう、全員が職人ですからね、「雑巾がけをするために何10年もここで仕事してるんとちゃうぞ」と猛烈な反発がありました。工具を片付けたり図面を探している時間があったら、一個でも製品を作れと。それがいい社員なんだと皆が考えていた。でもそれではイカンと。ISO9000の認証を取らんことには注文してもらえんことになる。山のようになっていゴミとかガラクタのようなものを片付けることからいこ、と。図面を確認しないで経験と勘でモノを作るものだから、どこかに間違いが出る。製品の精度が落ちて、お客様から注文が来なくなる。そういう悪循環だったんですね。それで、まず工具や機材をきちんと片付ける、机の引き出しをいつも整理しておくようにした。「きちんとしろ」と口で言うより、形で見せる。そうすると、いつの間にか職場がきちんと片付くんですね。

――私たちも同じように、床に落ちている小さなゴミに気づくか気づかないか、気づいて拾うか拾わないか。それがいいネタにつながると言われてます。と言ってる私の机はヒドイ状態になってますが(笑)

古芝 片付けるっていうのは、気づくということにつながるんです。何があるかは見れば分かるけど、何がないかに気がつかないと、いい仕事はできない。

「時間」も経営資源の一つ

――映像を見ると、古芝さんの机の引き出し、すごいことになってますよね。収まる形にくり抜いたウレタンか何かの中に、電卓、ペン、定規などがきっちり入っている。古芝さんご自身、相当の几帳面というか片付け魔なんですかね? それとも社員に言った手前、自分もキチンとしないといけなくなった?

古芝 血液型がA型ですから(笑)。ま、血液型で何でも片付けてしまうのはどうかと思いますが、私だってズボラな面がある。社員に「きちんと片付けろ」と言った手前、自分がズボラでいるわけには行かなくなったというのが本当のところでして。でね、そうやっている間に考えたんですわ。当時、当社の売上高を社員の総就業時間で割ると、1時間6,000円でした。ということは1分100円。1枚の図面や書類を探すのに5分かかっていれば500円、10分なら1,000円。これを短縮すれば、それだけ利益が出る。  ――経営資源は「ヒト」「モノ」「カネ」と言われます。枚方合金さんでは「時間」も経営資源なんですね。

古芝 時間は取り戻すことも貯めることもできない。「今」しかない。それで誰がやっても同じ繰り返しの仕事にはコンピュータを使うのがいちばんだなと考えて、システムを作った。

――どこか外部のソフト会社に頼んだ?

古芝 いえ。自分で作りました。日常業務をこなしながら、気がついたことを少しずつシステム化していった。ちょこっと改善ということで、「チョコ改善」と言ってるんですが。ITの専門会社に頼んだのは、ずっと後になってでした。  

――自分で作る、って、社員の皆さん、そんなことができたんですか?

きっかけはアラン・ケイ

古芝 いやいや、社員じゃなくて、作ったのは私。私は昔、パソコンが出始めたころ、富士通の9450というマシンで簡易言語を勉強しましてね。コンピュータメーカーからインストラクタになってくれ、と言われたこともあるんですよ。当社のERPシステムは私の手作り。  

――あ、そりゃスゴイ。古芝さん、何がきっかけだったんですか?

古芝 1998年ですけど、Macワールドというイベントがありまして。  

――米アップル社が毎年開いていたコンピュータのショウですね。

古芝 そう。そのMacワールドでアラン・ケイ博士の講演を聞いた。  

――アラン・ケイさんですか。私も何回かお会いしたことがあります。ここにお越しの方はご存知とは思いますが、ノートブック・パソコンの原型というか概念を作った天才的なエンジニアですね。念のために申しえておきます。

古芝 そのときコンピュータというものに対する認識が180度変わった。コンピュータはビジネスのドライバだと。こりゃ、使わにゃ損だ、と。というんで自分でプログラムを作るようになったんですね。  

――それって、横浜に本社がある三技協っていう会社の社長さんとよく似たような話ですが。

古芝 仙石さんね。よく知ってますよ。  

――ITを上手に経営に生かしている会社に共通するのは、リーダーが興味を持って、勉強していることですね。ただ古芝さんはちょっとレベルが違うけれど。それと仙石さんは「IQの低い組織にITを導入すると、生産性はかえって落ちる」と仰っている。先ほどの整理整頓というのは、仙石さん流にいうと、「組織のIQレベルを上げる」につながっている、と思いますね。それで話を「時間」に戻しますが、分かりやすい尺度として、どれくらいのコスト削減につながったんですか?

古芝 コスト削減という認識はあまりないんですよ。むしろ「時間」を経営資源の評価軸にして、ビジネスチャンスを広げることに注力しているんですね。でも「時間」というのはコストとしてつかみにくい、というのは間違いです。当社でいうと、社員1人が1日1時間、タバコを吸ったり資料を探したりで何かしら無駄にしていると、1分100円ですから経営資源は6,000円のロスというわけです。6,000円×13人×年間280日とすると、1年で1,000万円以上の損失になっている。でもそれより重要なのは、ビジネスチャンスを逃さない、ということです。お客様から注文や問い合わせの電話が入ると、これまでだったら「あとでお返事します」って具合でしたけど、今はその場で図面や見積書がパソコンの画面に表示される。「おっ、枚岡さんはレスポンスが早いな」と、カッコよく言うたらサービスレベルというか顧客満足度が上がる。ありていに言うたら、お客さんがかけてきた電話で用件が終わるんで、電話代が安く済む(笑)。ま、それは半分冗談として、ビジネスチャンスを逃さずに済む。そうなると社員もどんどんやる気になる。社員が面白がってシステムを使うんですな。結果として売上げが上がる、利益も伸びる、と。  

――それは別の機会に、ちゃんと取材したいお話ですね。ところで、奥谷さんにうかがいますけど、ITベンダーのお立場からすると、古芝さんのような経営者はやりにくい相手じゃないんですか? 自分でプログラムを作っちゃうし、主張があるし(笑)。

経営者はガンコであれ

奥谷 たしかにやりにくい相手ではありますね(笑)。ただね、古芝さんは「何をすべきか」を自分で考えていらっしゃるし、その軸がブレてない。ガンコだけど、頑なじゃない。こういう経営者は別の意味でやりやすい相手でもあるんです。というのは、発注する側に主張がないと、われわれは具体的な提案ができないんです。なんとなく「IT化したい、何とかしてくれ」では、かえって困る。あとになって「こんなシステムじゃない」となると、我われは手もどりになって、それまでやってきたことの半分以上がパーになっちゃう。お金はかかる、時間はかかる、システムの品質も落ちる。何もいいことはない。  

――話しにくいかもしれませんが、そういう失敗に陥りやすい要因というか、逆にうまく行くポイントをお話いただけますか。

奥谷 情報システムっていうのは、コンピュータは目に見えますけど、そこで動いているプログラムは見えない。見えないものを作るわけですから、「何を」がものすごく重要になる。日経コンピュータの『動かないコンピュータ』(笑)なんていう記事を読むと、原因はだいたい次の2点です。一つは要求があいまいか、もう一つはプロジェクトの進め方に無理があるか。「何とかなるやろ」ではどうしようもない。そう言うと我われソフト会社は失敗ばかりしていると思われちゃうかもしれませんが(笑)、うまくいったシステムは記事にならないだけで、それなりにソフト業は頑張っている。 見えない失敗を見逃すな  

――そうじゃなきゃ、日本の経済力はここまで強くならなかった。銀行のオンラインシステムや鉄道のダイヤ管理システムなどは、世界広しといえども日本にしかない。それは何を隠そう、ソフト業が頑張っているからです。

奥谷 だから業として成り立っている。それだけはご理解いただきたいんですけど、『動かないコンピュータ』じゃない失敗もあるんです。  

――ほう、それはどういうことですか?

奥谷 え~と、私たちはお客様からお話をうかがって、現場でどういう手順で仕事が進められているかを分析して、要求仕様書というものをまとめます。それをお客様にお見せして、「これでいいですね?」と確認して、それからプログラムを作り始める。そうすると、システムはちゃんと動くし、私たちは代金をいただいて利益を出すことができる。  

――ユーザーの要求がはっきりしていれば要求仕様書ははっきりするけれど、創じゃない場合、ソフト会社は利益が出ないかもしれない。

奥谷 その話はとりあえずおいといて、とにかくシステムは動く。でもそれは動いているだけかもしれない。ユーザーにとっては動いていることが問題なんじゃない。ねらい通りの効果をあげているかどうかが問題じゃないですか。ITを入れることに成功するということと、経営的に成功すること、つまり投資対効果とは違うんですね。

「動かない」じゃなくて、「使わない」コンピュータ

 ――開発プロセスと業務プロセスの乖離という話ですね。

奥谷 その「見えない失敗」というのが意外に理解されていない。その「見えない失敗」というのを分析すると、業務フローを従来のままにしているケースが多いんですね。ITというのは所詮道具ですから、新しい道具を入れるからには仕事のやり方が変わるはずなんです。それをちゃんとやっておかないと、ITを入れても本当の効果が出ない。  

――投資対効果っていうと、我々はすぐコストの削減とか効率化とかになりがちですけど、古芝さんの会社のケースは品質を上げる、顧客満足度を上げることともう一つ、社員満足度を上げることに目標があったわけです。それってなかなか難しいことじゃないですか。

奥谷 だから仕事の進め方をどうするのか、組織をどうするのかを考えておかないといけない。そのためには周りの人を巻き込んでいかないといけない。社長がどんなに「これからはITだ」って叫んでも、ごく一部の人たちだけでプロジェクトを進めると、システムが完成したあと、社員は「オレは知らんぞ」って言って、結局は誰も使わない。 

――『動かないコンピュータ』じゃなくて、『使わないコンピュータ』になってしまう。

奥谷 それじゃ数百万円、数千万円かけた意味がない。全社員がその気にならないとうまく行かない。社員の意識を変えることがたいせつなんですね。 何とかなるわけじゃない  

――ITは万能じゃない、と。昔、「コンピュータが間違いまして」っていうと、たいがい許してくれた時代がありました。でもコンピュータは正しく間違うわけで、主体はヒトですもんね。

奥谷 コンピュータとかネットワークとかは道具に過ぎないんです。私どもシステム開発会社はITの専門ですけど、ユーザーさんの業務のことはあまり知らない。ですけど何となくシステム会社なんだから、何でも上手くやってくれるだろう、という錯覚がユーザーにある。そこでどうしても手段とか技術とかに目を奪われてしまう。何をするのか、何が目的なのかは、ユーザーが考えてくれないと困ったことになってしまうんですね。  

――お言葉を返すようですが(笑)、ユーザーがしっかりすると、ITベンダーはいい加減な仕事ができなくなる。現在の収益構造からすると、今のままの方がいいんじゃないですか?

奥谷 そういうことで私どもが利益をあげる構造じゃダメなんですよ。ユーザーがしっかりしてくれて、我われITベンダーにもっと厳しい目が向けられる。そうなると我われの世界に競争が起こる。  

――お二人のお話を聞いていて、J-SaaS普及指導員というお立場で、長尾さん、いかがですか?

長尾 奥谷さんはITコーディネータでもあり、先輩でもあるので、私があれこれ言うのも何ですが、お二人のお話に共通しているのは「本質を外さない」「本質からずれない」ということじゃないでしょうか。企業の本質っていうのは、顧客の満足、従業員の満足、そしてリーズナブルな利益。それと「ITありき」じゃないということですよね。そのときたいせつなのは、聞く耳を持っているかどうかだと思います。  

――ガンコであれ、しかし頑なじゃダメよ、と。 

交換日記で情報を共有

長尾 古芝さんのお話にも奥谷さんのお話にも「すべての社員を巻き込む」ということが出てきました。認識を共有するといことですが、そういうとすぐグループウェアっていうことになるんですけど……。  

――いや、私はツールの話をしてるんじゃなくて、共通の目的というかミッションというか、そのための情報共有ということなんですが。

長尾 ええ、ですからその話をしようと思って。  

――あっ、どうもすみません。早とちりしました(笑)。

長尾 いえいえ。でね、生半可な知識があるとすぐグループウェアということになるんですけど、さて、本当にそうだろうか。私が経験した事例をお話しますとね、経営者と従業員の間で日記を交わしたというケースがあります。  

――日記ですか? 交換日記っていうと女学生みたいな(笑)。めちゃくちゃアナログじゃないですか。

長尾 アナログですね。ま、毎日じゃないにしてもですね、ノートを作ってですね、社長と従業員が日記というかたちで意見を交換していく中で、課題を洗い出しながら意識レベルを合わせていったんですね。アナログだったからこそ上手くいったケースです。 

――それだって立派な情報の共有ですよ。古芝さんの会社ではどうやって意識合わせをやったんですか。

古芝 意識合わせも何も、ジェットコースターのように業績が落ちましたからね。自分らにはこの道しかないやないか、と。子どもや孫に誇れるような仕事をしよやないか、と全員が決意しまして。

――血判状ですか。

古芝 そう、血判状。この難局を乗り切らなんだら、全員が食い扶持に困る。社長も社員もあらへん。やるっきゃない。  

――危機感を共有するというのは、ものすごい原動力になりますね。そこに大石内蔵助がいて、堀部安兵衛がいて、そうやって大阪の片隅でミニ・プロジェクトXのような話が生まれたと。誰かが脚本を書けば一本の映画が出来上がる。

奥谷 そればっかりは、私どもシステムの受託開発会社にはどうしようもない。ただですね、全社一丸で業務改革に向かう体制ができていると、システム作りをする立場ではものすごくやりやすい。目的がはっきりしていれば開発側が何をすればいいかが分かる。そうすると手もどりが起きないので、納期通りにシステムを作ることができる。加えて経営者の熱い思いがあると、我われも感情がありますから「よし、やるぞ」っていう気になりますよね。私どもとしては納期までにシステムが完成して検収を受けることができて、予定通りの利益が出ればビジネスとして成功なんですけど、実はお客様から「ありがとう」とか「助かったよ」と言っていただいて、初めて成功なんですね。

古芝 奥谷さんの話に関連して、皆さんにこの絵を見てほしいんですけどね。  

――おっ、どこかのメーカーのコマーシャルに出てくる「この木なんの木」みたいな。

役割分担と機能の選択

古芝 よく似てますけど、決して日立さんの回し者じゃないんで(笑)。ご覧のように目に見えるのは大きな木です。でも重要なのは根っこと、それを支えている地面なんですね。地面がいい加減だったら、この木はこんなに大きくならなかったでしょうし、立っていられない。しまいには枯れてしまう。経営者は地面を整え、根っこを張らせる。ITベンダーさんは木が大きく育つための肥料を調合してくれる。そういう役割分担じゃないですか。ポイントは土壌改良なんですよ。いきなりITを入れて、社員に「これからこれでやれ~っ」って言ったって、社員からしたら「そんなもん知らんワイ」ということになってしまう。  

――役割分担ということで話をつなぎますと、世の中って全部一人ではできないじゃないですか。で、このセミナーではSaaSがテーマなんで、そっちに話を向けたいんですが……。

奥谷 ちょっと話がずれるかもしれないけれど一つだけ。私どもがお付き合いしているユーザー企業の中には、「当社の独自性」を主張されるケースがあるんです。ところが業務を分析しますと、「独自だ」と思っていることの多くは、実は他社と同じだったりするんです。モノを仕入れる、モノを作る、モノを売るっていうプロセスは、かなりの部分が共通化できる。それでも独自のシステムを作るのか、ある部分はパッケージで済ませるか、それにかかるコストと効果はどうなのかを考えた方がいい。  

――それも役割分担の一つといえますよね。1970年代からソフトウェアについては「作る」「買う」「利用する」の選択と組み合わせだと言われてきましたし。また計算センターの事務計算サービスを使うという手もあるわけです。ソレキアさんのようなシステム開発会社もあれば、パッケージ販売会社もあるし、計算センターもある。このセミナーのテーマであるSaaSというのは、そういう選択肢が一つ増えたわけで、しかもインターネットという普遍的な手段で利用できるっていうのは、ユーザーにとってはいい時代がきた、と。

インターネットの価値

長尾 持つのか利用するのか、それってコンピュータに限ったことじゃないですよね。役割分担でそれぞれが組み合わさって、ユーザーはその機能をチョイスしている。水道がそうですし、電気もそうですし、電話もそうです。使った分だけ料金を払う。そういうのが社会のインフラになっている。SaaSもその一つなんですね。

古芝 もう一つ話しておきたいのは、インターネットっていうのはものすごい価値を生み出す、ということです。電子メールが送れるとか、ホームページを見れるとかばっかりじゃなくて、情報を発信できる。私は実名でブログを書いてるんですけど、そこに毎日、200人、300人の方がアクセスしてくれる。当社と全くお付き合いがない人が当社のこと、私のことを知ってくれる。  

――会場の皆さんにお伝えしておきますとね、古芝さんの会社のホームページには古芝さんのブログばっかりじゃなくて、従業員の方のブログも載っている。一生懸命、情報を発信しようとなさっているのがよく分かります。

古芝 それがね、出版社の方の目に止まって、本を出したんですわ。まさか大阪の金属加工工場のオヤジがIT経営の本を出すなんて、10年前には考えられなかった。それによって何が変わったかというと、まず私の意識が変わった。次に社員の意識が変わった。お取引先の当社を見る目も違ってきた。当社みたいな町工場に毛が生えた程度の中小企業に、天下の松下電器さん、今はパナソニックですか、その幹部や幹部候補生が視察にやってくる。  

――インターネットって、そういうことが本当に起こるんですよね。これまで自分たちがやってきたこと、正しいと思っていたことを客観的に見ることができたり、全然違うんだと理解できたりする。目からウロコ、っていう感じがある。

奥谷 それは「パラダイムシフト」っていうんですかね?  

――いや、まぁ、そこまで大げさなもんじゃないとは思いますけど(笑)、でも意識が変わるきっかけにはなるでしょうね。古芝さん、デジタルドルフィンズの開発苦労話を書いているじゃないですか。第3回目の「松下電器さんが来た」で止まってるんで、その続きをお願いしますね。

古芝 お読みいただいて、ありがとうございます。 奥谷 インターネットもある意味ではSaaSみたいなもんで、あの仕掛けを作ろうと思ったらたいへんなお金がかかる。我われはインターネットのサービスを使っている。しかもタダで。

サービスを使う時代

――分かりやすいのが宅配便です。何かモノを届けたい。自分で持っていくことに意味があるのなら、何時間かかっても自分で届ければいい。例えば恋人の誕生日に花束を届ける、とかね(笑)。それは花束を持ってわざわざ行くということに価値があるわけなんで、花束なんてなくたっていい。でも、モノが間違いなく届けばいいのなら、宅配便で十分ということの方が多い。

奥谷 宅配便というサービスを使っているんですね。ガソリン代がナンボ、ドライバーの給料がナンボ、トラックの償却費がナンボなんて、我われは考えない。  

――宅配便って厳密にいえばトラック輸送業じゃないですか。一定の大きさと重さの荷物をリーズナブルな料金で確実に届けてくれる。私たちはトラックを使っているという意識はない。サービスを使っているんですね。つまりトラック輸送業がサービス業に変わった。

奥谷 その意味でJ-SaaSは私どもシステム開発を受託している会社がサービス業に転換していくきっかけになるかもしれません。  

――だといいんですが。ただ、先ほど皆さんに見ていただいたJ-SaaS宣伝用のDVDでね、残念だったのは長尾さんや奥谷さんのようなお立場の方が登場しなかったことかな。ここのところは、次のバージョンでは改良してほしいところです。それとJ-SaaSを使ったら何もかも上手く行く、J-SaaSを使えばIT経営だ、みたいな話には無理があって(笑)、それより重要なのはITをうまく使うには「何を」を明確にしないといけないってことだと思うんですね。でも、私たちITを追いかけている者でも、いざ“我がこと”となると優先順位が分からない。そのために普及指導員やITコーディネータの方たちがいるんでね。

地元の相談相手を利用しよう

長尾 これまでも地元でいろいろなご相談に乗ってきて、いろいろなケースを見てきてますので。さっきも言いましたように、何でもかんでもITで、ということはないんです。企業を動かすのはヒトですから。  

――私はね、長尾さんや奥谷さんのような方の知識や技能を含めたのがソフトウェアだと思っているんですね。そういう観点から見ると、ソフトウェアっていうのは実は非常にヒューマニティックであるといっていい。

奥谷 仰るように情報システムを作って運用していくのに欠かせないのはコミュニケーションですね。コミュニケーションがうまくないといいシステムは作れない。  

――その場合、長尾さんや奥谷さんはご自分で言いにくいでしょうから私が代弁しますけど、コンサルティングにはちゃんとお金を払ってくださいね。昔、日本人は「空気と水はタダと思っている」と言われましたけど、いまや空気も水もお金を払って買っている。コンビニやスーパーで売ってるミネラルウォーターはガソリンより高い。だったらコンサルティングやサービスにもお金を払わないといけない。

長尾 お気を使っていただいて、ありがとうございます(笑)。  

――そろそろ時間も残り少なくなってきたんでSaaSの今後をどう見ておられるのか、皆さんのお話をうかがいましょうか。まず古芝さん、デジタルドルフィンズをSaaSで、というお考えはないんですか? 思いつきで結構ですけど。

古芝 政治家の口約束よりは確率が高いと思いますが(笑)、実は次はSaaSだ、と考えてます。というのは、当社の本業は金型であり特殊な金属加工品なんで、ソフトウェア事業を拡大していくにはノウハウがない。しかし多くの中小企業の皆さんに使ってほしい。そうなるとSaaSっていうのは魅力的な選択肢になりますよね。  

――従業員20人の枚岡さんが自らのニーズでお作りになったシステムですから、同程度の規模の会社には必ず同じようなニーズが必ずあると思います。三技協さんが作った「サイバーマニュアル」というシステムもそうですけど。SaaSのアプリケーションは中小企業のIT利用を進めるという意味と、優れたソフトウェアを世に出していくという2つの意味があるんじゃないでしょうか。

奥谷 先ほどシステムを受託して開発している会社もサービスモデルに転換するチャンス、と申し上げたのは、そういう意味なんですね。役割分担で、SaaSの後のことは私どもにお任せください、と。ライセンス管理とか課金とか、機能強化とかはやはりITの専門家である我われの仕事なんで。 ITの言葉に騙されるな

長尾 いずれにしてもソフトウェアを買う時代から、その機能を利用する時代になった、ということです。今回、J-SaaSで提供されるのは26種のパッケージですけど、いずれ間違いなく100種、200種と増えていくでしょう。お試し利用ができて、私たちのようなサポーターもいる。J-SaaSもしくは、他のSaaSを検討していただいていいと思います。

――このセミナーはJ-SaaSの普及啓蒙が目的ですから、そこのところは割り引いていただくとして(笑)。これまでは司会役ということで自分の見解は申し上げなかったというか、誘導質問のかたちで意見を申し上げてきた(笑)んですけど、最後にお時間をいただきます。話し始めると止まらなくなっちゃうんで時計と睨めっこをしながら話しますが、まず「クラウド」という言葉。これは定義が曖昧でしてね。来年の今ごろ、ひょっとすると消えているかもしれない。コンピュータ・パワーのユーティリティ化、アプリケーション・プログラムのコモディティ化と言うベキなんでしょう。言葉に惑わされず、自分の会社に何が必要か、何を解決したいのかを考えた方がいい。ITに振り回されないためには、言葉を追いかけないことです。

 第二に、これは私の母親の話ですが、5年ほど前、「パソコンはどこのメーカーがいいのか」という相談があったんですね。てっきり孫娘に買ってやるのかと思ったら、自分が使うんだ、と。そのとき母は77歳ですよ。何がしたいかっていうと、株をやりたい、と。それで儲かったという話は聞いたことがありませんが、77歳でも「何をしたいか」がはっきりしていればITは道具に過ぎないんですね。ということで、そろそろお時間がきたようです。つたない司会進行でしたが、豊富な実践経験を持つパネラーお三方に助けていただき、適切な発言をいただくことができました。ご清聴ありがとうございました。

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