IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

「デジタルレイバー/デジタル・トランスフォーメーション」という考え方(2) 田中淳一氏(KPMGコンサルティング執行役員パートナー)

 ところが多品種少量、企画とか営業とか、そういうところは高度化の領域で、本当はもっといろんなことをしたいのだけれど、時間がないので省略している。財務部門でも会計情報を分析して事業部門にアドバイスをしたいのだけれど、ついつい後回しにしている。そういう場合、単純作業をRPAに移して時間を生み出して、本来やるべき財務分析の仕事に集中することができる。

 RPA/デジタレイバーのクラスには3つあります。クラス1は「定型作業の効率化」、クラス2は例外作業、非定型作業の構造化データ、非構造化データ、音声だったり画像だったり、それをコグネティブのAIをRPAに加えていくことで、インテリジェントオートメーションを実現していく。クラス3はもうちょっと先で、RPAとAIで「何でもできます」みたいな世界で、これはまだ先の話です。

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GDPを220兆円押し上げる効果

 そこで働き方改革ですが、働き方改革って何ですか、ということを改めて考えてみますと、これは政府が出している指針のようなんですが、「労働力不足を解消してすべての人が活躍できる」一億層活躍社会、働き手を増やしましょう、出生率を高めましょう、労働生産性を高めましょう。働き手を増やしたり出生率はRPAではどうしようもないんですが、3つ目の労働生産性、これはRPAの世界かな、と思います。

 労働生産性というのは、付加価値を労働時間で割ったもの。人数を減らすことはRPAでできます。人数というより仕事量を減らす、と言ったほうがいいかもしれません。本来、RPAでできること、RPAだけ導入しますというだけではなくて、人がする仕事の付加価値を上げていくことを視野に入れる必要があると思っています。労働モデルのピラミッド、その底辺を引き上げていく。

 PCでやっている簡単な、単純な繰り返し作業はどんどんRPA化していきましょう、デジタル化していきましょうという話があります。その一方、RPAが生み出した時間や人の余裕をどのように労働生産性の高度化につなげていくか、定付加価値の労働者を高付加価値の労働にシフトさせればいいと言いますが、簡単な話ではありません。教科書的にはそういうことになるんでしょうが、現実はそんなに単純ではありません。

 これまでデータ入力をやっていた人にデータ解析や企画の仕事をさせるなんて、現実ではほとんど無理です。その人たちをどう引き上げていくのか、日本ですと切ることもできませんし、中長期的に労働人口が減っていく。どう活用するのか、会社としては教育ということをきちんと考えていなければなりません。これがオペレーションを変えていく、組織を変えていくということです。

 高度化という意味ではですね、これは弊社のグローバルな調査なのですが、経理という仕事を考えた時、CEOがCFOに期待していること、6割ぐらいがCFOを重要だと考えている。さらにそのウエイトが高くなると考えている。でも3分の1ぐらいは期待したほどの仕事をしていない、状況に的確に対応できていない。会計情報を分析して、事業部門の収益性改善に役立つアドバイスをしてほしいとか、業務改善につながる提言をしてほしいとか、規制環境から競争環境に入っていく体制作りであるとか、そういう仕事を求めている。

 ルーチン業務、具体的には債権債務の処理や決算処理、それは現時点では根幹となる業務なんだけれども、ロボット化できるところでもあるわけです。それより法制度対応であったり業務改革であったり経営支援だったり、そういうことが求められている。これまでも求められていたんだけれど、RPAの実用化でいよいよそれが可能になってきた。

 経済産業省が示しているところでは、RPAと人のかかわり方は、最下層はRPA、その上にRPAと人の協働、最上位が人によるクリエイティブな仕事、という階層です。そうなるとRPAが普及すると、RPAで処理できる仕事の単価はどんどん下がっていく。何もしないと単純労働の報酬はRPAの水準になってしまいます。

 それを回避するには、教育で付加価値の高い仕事の仕方を習得させていく必要があるのです。国としてきちんと教育をしていかなきゃいけないのは言うまでもないのですが、その一方、国に任せておけばいいのか、というとそんなことはありません。むしろ民間が率先して動かなければならない。という意味で、このコンソーシアムの役割があるのだと考えています。それによって574万人の雇用を創出することになりますし、経産省が試算する「RPAがGDP222兆円を押し上げる」一助になると思っています。

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AI/RPAがもたらす労働現場の変化:経産省資料

BPMと連携させて進めるべき

 最後に、最近のRPAの動向をお話ししたいと思います。

 まずBPM(Business Process Management)との連携があります。

 これまでPOC(Proof of Concept:概念実証)といいますか、RPAは簡単に導入できるのでとりあえず入れてみました、と。それが今はどうなっているかというと、次の一歩が踏み出せない。といいますか、次の一歩が分からない。そういう企業が少なくないようです。

 先進的な企業はどうかというと、これまで部門にとどまっていた取り組みを部門またがりで全社的な業務に展開している。このときBMPとの連携がポイントで、そこにAIを加えるという動きが出ています。

 BPMとの連携ということでいうと、仕事の仕方、業務の進め方を通じて組織の壁を乗り越える手法です。RPAは部門ごとの状況に応じて最適化しているのですが、BPMがそのRPAを起動していく、というイメージです。

 2つ目は管理をしっかりやっていきましょう、ということです。先ほども「野良ロボット」の話が出ましたが、業務システム開発の費用を100とすると運用は20ぐらい。これに対してRPAの導入費は20、運用は10ぐらい。システム開発よりはるかに小さな費用です。

 業務システムは開発100/運用20、RPAは導入20/運用10、RPAの運用費が導入費の5割というのは多すぎるという見方もありますが、なんで運用費のウエイトが大きいかというと、業務が変わったらロボットが変わるためです。帳票のレイアウトが変わるとロボットのプログラムも変えなければなりません。RPAは現場と密着しているんですね。

 社外の環境、法制度や規制、取引先との関係なども変更要因です。社内のシステムを経由してインターネットに接続して、外部のデータを取ってくるような場合もRPAは対応しなければなりません。

 そういう人材、パフォーマンスの管理、プロセスのガバナンス、テクノロジー・アセスメント、あるいはRPAの導入を一元的に管理するのか現場に開放するのかという課題もあると思います。どれが正しいということはないと思いますが、最初のうちは集約型で進めていくのがいいと思います。

 RPAを前提とした組織づくり、ルール作りも課題です。COE(Center of Excellence)のような体制が必要になってくる。

「AIが仕事を奪う」は本当か

 AIとの連携ですが、一口にAIと言っても機能と用途が異なります。わたしたちの分類では、「認知系」「推論・最適化系」「学習系」の3つに整理できると思います。機械学習ですとかディープラーニング、「AlphaGo」なんかが「学習系」、文字や画像、音声を認識するのが「認知系」、いろんなデータを元に予測して最適な解を出すのが「推論・最適化系」です。

 認知系と推論・最適化系の間にRPAを組み込むと、インプットとアウトプットを自動化できます。そうすることで、現在はコンピュータの中にすでに取り込まれているデータしか対象じゃないのですが、これからは監視カメラの画像や音声、紙に印刷された文字や数字もインプット情報として扱うことができるようになる。

 RPAによる自動入力処理の範囲が広がりますし、推論・最適化系と組み合わせることでアウトプットの品質も上がります。また熟練度が低い人でも一定レベルの仕事をこなせるようになる。OCR入力の精度もソフトウェアが改善されてどんどん上がっていますし、コールセンターでも「Word2vec」というようなニューラルネットの技術を使うと音声応答の精度が飛躍的に向上します。

 簡単に「Word2vec」を説明しますと、「パリ」から「フランス」を引いて「日本」を足すと「東京」という答えが出てくる(「パリ」という言葉に「フランスの首都」という定義がひも付けられているので、「フランス」を引いて「日本」を足す:入れ替えると「日本の首都=東京」)。それを使うと、電話の向こうの人が何を言っているのか、RPAが意味を理解するわけです。

 先ほど出しました「AlphaGo」に戻りますと、よくAIに人が負けた、という言い方があります。AIが人の仕事を奪っていく、と。私はちょっと違うと思っていまして、どういうことかと言いますと、あれはAIという道具を使って囲碁の素人がプロの棋士に勝った、ということです。AIが勝ったのではなくて、AIを上手に使った人が勝った。

 つまりRPAやAIを上手に使うと、これまでプロにしかできないとされていた仕事を素人、初心者がある程度のレベルでこなせるようになるということです。新しい技術を使った雇用が創出されるので、仕事がなくなるというのはちょっと違うかな、と思います。

 まとめです。

 1つ目は、RPAを推進するにはIT部門と現場部門が協働する必要があります。PRAは業務システムの開発ではなく、「デジタルレイバー」化による生産性向上、働き方改革だと考えましょう、ということです。

 2つ目は「パイロットプロジェクトを進めましょう」です。これだけRPAが話題になっても、「本当か?」と懐疑的だったり、感覚的に抵抗する方々がいるものです。そのとき、「こんな効果が出たんだよ」という実体験を社内で共有していくことが大切なんですね。

 3つ目は「ルールを決めてガバナンスをしっかりやりましょう」です。野良ロボットが増えてしまっては、あとで困ることになりますよ、ということです。

 4つ目は「業務改革なんだ、という認識を持ちましょう」です。RPAは簡単にいれることができるんですが、企業全体で取り組むテーマなんだという理解が重要です。

 ということで、わたしに与えられた時間、ちょっと過ぎてしまいましたが、そろそろ終わりにしたいと思います。ご静聴、ありがとうございました。