IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

この国にイノベーションを起こすのは就労者が減ることかも IIJ代表取締役会長・鈴木幸一氏

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記者懇親会は代表取締役社長・勝栄二郎氏の挨拶で始まった

埼玉県熊谷市で過去最高となる41.1度を記録した酷暑の日、東京・丸の内でインターネットイニシアティブ(勝栄二郎社長、略称:IIJ、東証1部上場、2018年3月期売上高は176,051百万円)の記者懇親会が開かれた。好んで記者会見に出かけない筆者には、あまりお呼びがかからない。IIJの広報担当氏は古いリストを引っ張り出したのか。それはともかく、目玉は会長・鈴木幸一氏の講演だった。IT/ICT業界で数少ない骨太な創業経営者の目に、いまの日本はどのように映っているのか。

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鈴木幸一氏

司会 たいへんお暑いなか、IIJの懇親会にご来場いただきまして、ありがとうございます。それでは、お時間になりましたので、株式会社インターネットイニシアティブ代表取締役会長、鈴木幸一の講演を始めさせていただきます。それでは鈴木会長、よろしくお願いいたします。

鈴木 お暑うございます。大変にお暑いなか、おいでいただいてありがとうございます。実はわたしの頭のなかも、あまり暑すぎて思考能力ゼロなんで、何も考えていないんですけれど、ま、何か話せというので。 で、インターネットというものに取り組んで、今年で26年目(前身となった「インターネット企画」の設立は1992年12月、IIJの設立は1994年4月)になります。会社をやってからの年数で、その前を含めると、こういうことに人生を送ってしまったという、なんというか寂しさのようなものがないではありません。

序曲が終わり、いよいよ組曲が始まる

 今年に入って特に変わってきたなと思うのは、トラフィックです。IX(Internet Exchange)ベースですが、今年の1月から半年の間にトラフィックが5割ほど増えているんですね。見ていますと、去年の暮ぐらいから大きく変動してきている。この趨勢が続くと、すぐ数テラのトラフィックを扱うことになる。そういう意味で、一般の方のインターネットの使い方がかなり変わってきたんじゃないかと思います。

 電車のなかを見ていますと、だいたいの方がスマホで動画を見ていらして、私どもとしてどうとらえればいいのか、と考えることがあります。もう一つ、そうしたトラフィックの急増に対して、私どものような事業者が投資ということも含めてですね、新しい利用の波に対応しきれていないのではないか。これが最近、いちばん変化していると感じていることです。

 ボクらが始めたころは64K(64㌔ビット/秒)とか言っていた時代でした。それが1つの会社さん(IIJの法人ユーザーは約8,500社)でテラ単位の契約をしていただける、そういう時代になったんだ、と。

 これを音楽に例えますと、この30年、25年で主要なモチーフが出てきて、これからそのモチーフがそれぞれに展開していく、いまのインターネットを見ていますと、ちょうど序曲が終わって、いよいよ組曲が始まるんだなぁ、という感じがしています。

 例えばAI(人工知能)ですが、ボクが学生時代からそういう話はあって、話の中身はあまり変わっていないんですけれど、それがやっと使い物になるかなぁ、その可能性があるということになってきました。あるいはIoT(Internet of Things:モノのインターネット)とかクラウドとか、すべてインターネットが始まる前からコンセプトとしては想定していました。

 しかしコンセプトにとどまっていまして、実現性はあまりなかったんですが、ここにきてそうしたモチーフの一つ一つがマーケットとして成立する可能性が出てきたわけですね。 そうは言っても、IoTにしても何にしても、工場とか仕事の現場に適用しようとすると、それはそれで別の問題があって、簡単な話ではありません。

日本でもやっとキャッシュレスの動き

 難しい問題というのはいろいろあるんですが、なかでも日本というのは仕組みを変えるのが苦手といいますか、変えることに抵抗が強いところがあるようなんですね。ま、これから先を考えますと、人手不足といいますか、若い人、就労できる人の数が間違いなく減るわけです。究極の自動化に向かわざるを得ないんですね。

 そういったときに、工場のありかたですとか仕事の進め方ですとか、あらゆる場面で変わっていく。クラウドも同じようなことですし、AIも同じでしょう。 単純に考えれば、ネット上にアプリケーションがある、情報システムがあって、それを自由に使える。大量のデータが非常に高速に収集できてアクセスできる。

 なおかつそのデータをプロセッシング、つまり処理できる。処理するチップがどんどん小さくなって、安くなっている。 こうなるだろうな、と思っていたことが、具体的な形に実現していく時代になった。日本という国も仕組みを変えるのが下手だったんですけれど、そうもいかなくなってくる。対応していかないと、世界に取り残されてしまうんではないか、と。

 IIJとしてはJOCDNという会社を作ってインターネットと放送の融合にも早くから取り組んできましたし、ディーカレットという会社でキャッシュレスの動きにも対応しています。これはもう皆さんご存知のことと思いますけれど、上海に行きますとQRコードでやらないとなかなかお金が受け取れない。日本は世界で最もキャッシュレスが遅れているんですが、ようやくその動きが出てきました。

 金融システムそのものにかかわる話なので、特に通貨とかですね、一気に進むかというとそれは別問題になりますが、個別の企業、個別のジャンルで、従来のような高い手数料を取って……、クレジットカードというような、当社のお客さんもたくさんいるんでアレなんですけど(笑)、将来を考えると、ああいった形の決済はなかなか難しくなってくるんじゃないかと思います。

技術の進歩とどう折り合いをつけるか

 で、AIとか、クラウドでもIoTでもいいんですけれど、いちばんインターネットの進化が効果を生むのは、ネット上の仮想空間にデータを収集して、そこで処理までできるということです。キーになるのはデータを収集する速度、分析の速度ということになるんですが、現在のプロセッサではAIを汎用的に、ジェネラリスティックに使うことができない。

 例えば将棋のAIがプロの棋士に勝ったとか、そういう用途を限定したAIなら成り立つけれど、どのドメインにも、どのユーザーの業務にも使えるようになるには、まだ数年はかかるでしょう。いまのシステムとしてのスループットの8倍ぐらいに早くなったら、汎用的なAIが実現するんじゃないかと思います。

 私が言っているAIは過去のデータから答えを導き出す推測統計、その範囲を出ていないので違うかもしれません。ですがおよそ人間の行動の99%は、形式的に言えばですね、心の動きも含めて、これまでのデータを蓄積して分析すれば、次にどういう行動を取るかが瞬時に、正確に予測できる。人間の思考、行動というのは複雑なようで実はそんなに複雑じゃない。

 そこまで進んだときに、世の中はどうなんだということが、これからの大きなテーマです。 インターネットは究極の分散処理だ、とかねがね申していて、長いこと興味を持ってきたんですが、それがですね、どこかの誰かがデータを一元的に管理するようなことになると、それはそれで大きな問題です。

 国家ぐるみでやっている中国などの場合ですと、監視カメラを2億台ぐらい全国に配置すると。生体認証で、群衆の中に紛れていてもどんな服装をしていても個人を特定できちゃう。それがただちにテロを止めたり犯罪を防止できるわけではないけれど、どんどん監視社会になっていく。

 その善し悪しはともかく、技術的にはそういうことができるので、企業なり社会なりがどのような姿勢でそういった技術を使っていくのか、技術の進歩とどう折り合いをつけるか、それが今後のテーマだと思っています。深刻に考えると反対ばかりで先に進めなくなるんで、真剣に考える、シリアスに考えながら冷静に判断していく必要があるんですね。

MAGFA5社で年数兆円の投資

 もう一つ、昨今の報道を見ていますと、MAGFAとか呼ばれる米国のITトップ5社(Microsoft、Apple、Google、facebook、Amazon)が毎年、合計すると数兆円規模の研究投資を集中的に行っています。なかでもGoogle、Amazon、facebookといった企業はこっち(インターネット)の企業で、毎年1兆数千億円の投資を続けている。そうすると、超大規模なネットワークの監視や運用ができるようになるわけです。そこに新しいアプリケーション、つまりサービスが追加されて、データを掌握する戦いが繰り広げられている。

 これに対して日本の企業は、そこまで巨額の投資ができない。もちろん私どもIIJも一生懸命やっていますけれど、けたが違う。EU(欧州連合)がGoogleにいろいろ難癖をつけていますけれど、米国の超ビッグカンパニーがネットの世界の主導権を握っている。それを止めることはできないんじゃないかと思います。

 じゃぁ中国の企業はどうなのかといいますと、例えばHuawei。あれは民間企業じゃないんのでMAGFAと同列に比較できないかもしれませんが、R&D(研究開発)部門だけで8万人ぐらいいます。

 売上高を見るとたしかに超ビッグ企業ですが、よく見ると、工場の生産ラインは日本の生産管理システムと比べるとかなり劣っていますし、生産設備の多くはシーメンス製だったり日本のメーカーの機械だったり、生産管理方式にやっと来年からトヨタの看板方式を採用する段階。個々の部品を自力で作る力もない。

 そういう意味で言うと、中国は「まだまだ」と言うこともできますが、別の見方をしますと、Huaweiは中国市場で5兆4千億円ぐらい売り上げています。日本の企業で、日本国内でそんなに稼いでいる企業は1社もない。それほど国内マーケットが大きいと、規模が質を変えるんですね。国民1人当たりのGDPや消費金額は少ないけれど、間違いなく年々成長している。

 世界市場を売上高でも技術開発でも主導する米国の超ビッグと、国内14億人の超ビッグ市場を持つ中国企業。その間に挟まれて、日本の企業は将来をシリアスに考えざるを得ないと思います。日本はこれだけの経済大国でありながら、国も産業界も将来ビジョンを持って施策を打っていかなければならないんですが、悩ましいところです。なかなか答えが見つかりません。

軍事目的の技術開発じゃないかたち

 もう一つ申し上げたいのは、特に19世紀末から20世紀にかけて、これまで技術革新がいちばん結実したのは、かなりの部分で戦争といいますか、軍事関係の技術開発が大きな役割を果たしてきました。インターネットも元は軍事目的ですけれども、私ども事業を開始してすぐにイラン・イラク戦争というのが起きて、戦車の上にサーバーを積んで、アメリカ本国と戦場と現地の司令部を結んでネットワーク上で戦況を管理するというようなことがありました。

 そういった形で戦争を数値化していって、かつネットワークが早くなると、今後、どういう形でインターネットが軍事的に使われていくのか、軍事的な目的でITが進歩していくのか。特にアメリカと中国ですが、どういった形でどういう技術をどう使うのか、それがですね、軍事的に使われるんじゃなくて、軍事関係の予算で開発されるんじゃなくて、じゃぁ日本はどうするんだ、というところに、国として緊張感を持って臨む必要があるんだろうと思います。

 最近、冗談半分で、しかしかなり本気で思っているのは、冒頭にも申し上げましたが、若い人、働く人が急激に減っていく。それが自動化を促す究極の要因じゃないかと。人手不足が進むと、IoTやAIが手取り早い解決策なんじゃないか、と。

 たまたま先般、オスロとかストックホルムとか北欧を回ったんですが、ノルウェーって人口が400万人しかいない。ところが北海油田があって、大金持ちなんですね。そういう国に行きますと、空港にはほとんど係員がいない。バゲージを預けるところにはいるけれど、チェックインカウンターというかチケット売り場というんですか、そこは機械だけで、パスポートも見ない。番号を入れれば搭乗者、つまり私の情報が、国籍は日本とかですね、確認されて、チケットが出てくる。

 いまのはストックホルムの話ですけれど、アメリカに行くとさすがにまだそこまでは行ってなくて、というよりパスポートを機械の読み取り装置に押し付けてもチケットが出てこない。それはマシンの精度の問題でしょうけれど(笑)。

 日本の人手不足、若年人口の大幅な減少だけが、仕事の進め方や手続きのプロセスを変えていく要因、原動力になるんじゃないかとそのような皮肉なことを考えています。 ただ……(アレ?と時計を確認)、そうか、もう時間なんだ。だいたいたった20分で話せと言う方が無理なんで(笑)。

長期展望に立った情報発信が必要じゃないか

 ホントはもっとね、ボクだってね……。どうやって〆りゃいいんだろう(笑)。

  (気持ちを取り直して、一息)

 要するにですね……、まとめますと、わずか数ヶ月でトラフィックのボリュームが1.5倍、テラの単位に増えていて、日本ではこれからですが、米欧に行きますとコンテンツは通信会社が握っている。だいたいの方がネットで情報を得ている。そういうなかで、これまで現実性がなかった夢物語の世界だったことが可能になってきて、そういう技術をどう使うのか、どう活かすのか、俯瞰的で長期的なビジョンが必要なときだということです。そういうようなことをメディアの方たちも取り組んでほしいな、と思っています。

 「そんなこと言ったって、世の中はすぐ動かないじゃないか」と言いたくなる気持ちは分かります。それはそうなんですが、世界はもうそっちの方向に動き出している、動いているんだ、ということです。

 技術開発は軍事目的で進むんだ、軍事関係の予算で技術を開発すればいいじゃないかと考え、信じている人が少なくないんですけれど、そうじゃない形で技術が出てきて、全体から考えるとそれは全く新しいコンセプトではないかもしれないけれど、そういったことに気がつく、ヒントになるような情報発信を、皆さんにもお願いしたいな、と。 こんなところでいいのかな?(拍手)

 

【講演のあとで】久しぶりなんで覚えていてくれるかな? と思っていたら、鈴木氏の方から「あれでよかったのかな」と声がかかった。「短い時間でしたけど十分だと思いますよ」と答えると、「了解」と嬉しそうに片手を上げた。