IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

サマータイムに関する現状の認識整理 立命館大学情報理工学部教授・上原啓太郎氏

 猛暑・酷暑がひと段落した9月2日(日曜日)、一般財団法人情報法制研究所(鈴木正朝理事長、略称=JILIS)主催で「サマータイム導入におけるITインフラへの影響に関するシンポジウム」が開かれた。鈴木理事長によると、にわか仕立てのシンポジウムにもかかわらず、予想を上回る申し込みがあったという。実際、会場はツメツメの満員で、写真撮影に動き回ることもママならないほど。

 シンポジウムは基調講演「サマータイムに関する現状の認識整理」(立命館大学情報理工学部教授・上原啓太郎氏)、講演「サマータイムの基礎知識」(国際大学GLOCOM客員研究員・楠正憲氏)、パネルディスカッションで構成。本稿では基調講演「サマータイムに関する現状の認識整理」(立命館大学情報理工学部教授・上原啓太郎氏)を再録する。

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自治体や民間企業、報道関係者などから予想を上る申し込みがあったという

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立命館大学情報理工学部教授 上原啓太郎氏

上原 え~、立命館大学の上原と申します。

 最近、いろいろなところでご紹介いただいているのでご存知の方もおられるかと思いますが、私がですね、2020年までのサマータイム実施は、まぁなかなか難しいでしょ、というお話をさせていただいて、ちょっと言ってしまったら大変なことになっておりまして……、昨日まで5日間連続でテレビの取材を受けるとか(笑)、わけのわからないことが起きております。で、まずはサマータイムについて現状はどうなっているのか、整理するところから入っていこうと思います。

日本では実施3年目で「辛い」「苦しい」

 サマータイムとは何か、ということですが、一般的には「夏の長い日照時間を活用しましょう」ということです。そのために世の中の時計を動かす、という制度のことであります。ずらすのは1時間というケースが多いようですが、調べますと30分のところもありますし、ノルウェーの南極圏は2時間というように、けっこう微妙です。主な目的は節電とか省エネでして、その経緯というのは第1次大戦中の燃料不足から始まったんですね。

 世界の実施状況を見ますと、北米とヨーロッパ諸国が実施しています。先進国が実施していますよね、日本も先進国なんだし……、という雰囲気で話が進んでいるのは無理からぬように思います。

 ですが一方ですね、世界地図を見ますと、「いちどやったけれど今は止めている」という国が多いということです。最近は2004年にロシアが止めました。あと中国も導入してすぐ止めています。

 さて、日本で今回の話がどういうかたちででてきたのかということです。NHKの番組で登場したのは落語家の桂米丸師匠でした。米丸さん、若手の時代、第2次大戦後のサマータイムの経験をしておられる。その昔話から始まるというすごい番組でした。そのときに大変でしたよ、という話です。

 どういうことかと言いますと、1848年から52年まで、GHQの指令で日本でサマータイムが実施されたんですね。当時の新聞をデータベースで検索しますと、サマータイムとか夏時間、サンマー・タイムとかですね。そうしますと、雰囲気としては最初のうちは普及啓蒙。というのはたしか法律が決まってからたった3日後という乱暴なスタートだったので、最初は大混乱だったんですね。それで政府は新聞で啓蒙したんです。

 ところが制度をスタートして3年目になると、投書欄とかにですね、「辛い」とか「苦しい」といった声がいっぱい出てきます。「苦しい夏時間」(笑)なんていう見出しで、いつまで経っても子どもは寝ないし、騒がしい時間が夜まで続くし(笑)、という話がありまして、それに対して政府は、「いやいやそうじゃなくて、皆さんが自主的に時間を管理してずらせばいいじゃないですか」というようなやりとりがあって、結局は議員提案のかたちで廃止されています。

1970年代の議論がオリパラで蘇った

 そのあと同じような議論が何度も起こりまして、1970年代、オイルショックをきっかけにサマータイム導入の機運がありました。1980年代に入りますとかなり本気で議論がありまして、1995年に議員連盟が発足しました。立法化をしましょう、というわけです。1999年になりますと、2001年度の実施を目指す法案が作られました。

 そのときにかなり広い角層からの人を集めた国民会議というものが発足して、いろいろサーベイが行われたんですね。結局それがうまくいかなくて、2003年導入、2004年に法案改定、2005年になると「2007年導入を目指す」といった具合にどんどんスケジュールが後ろにずらされながら、2008年になりまして「2010年導入」がかなり現実味を帯びてきました。ここで大きな転機があったわけです。

 2008年6月10日、元衆議院議員である早川忠孝さんがブログに書いておられることを引用しますと、国会の会期末、ギリギリのタイミングで緊急特別政調会議というのが招集されたんだそうです。通常ですと自民党の部会とかで揉んだ案が上がってくるんですが、それをすっ飛ばして大急ぎで法案を出してきた。時間がない中で審議が始ったのですが、その直前に民主党の篠原孝議員がですね、議員の方々に投げ込みをされたんですね。

 そこに、サマータイムを拙速に導入すると、これこれこういうデメリットがあるよ、ということが書かれていて、それを読まれた議員さんが全会一致で採決するのはマズイよね、という空気になった。そのきっかけになったらしいんですね。これで見送りになりました。それで終わったわけではありませんで、2011年、東日本大震災の原発事故で電力不足のとき、またサマータイムが話題になりました。

 で、今回はオリパラで蘇るわけですよ。

 7月28日にオリンピック組織委員会から「2020年の1年に限って」という条件で、サマータイムを導入してはどうか、という話が出てきました。そのあと、たぶんいきなり2020年に本番というのはどうもね、という話が出たのかどうか、それは分かりませんけれど、2019年と2020年の2年間だけ、という話が出てきて、8月7日に首相が自民党に検討を指示した、というわけです。

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9月1日の深夜2時から4時が2回ある

 その直前に、NHKと朝日新聞が世論調査をしていまして、いくつかある設問の中の1項目としてサマータイムについての設問がありまして、比較的好感触の結果が出ています。20%以上の人が「賛成」と回答していまして、それが8月7日の首相指示に影響しているんではないかと思います。

 伝聞ですので厳密ではないのですが、概要として、

 ・6月から8月いっぱいまで3か月やりましょう。

 ・2時間ずらしましょう。

 ということのようです。

 2019年の実施ですから、2019年の6月1日が土曜日、2日が日曜日なので、そのどちらかの深夜に2時間ずらす。9月は1日が日曜日なので、やはり深夜に2時間戻すわけです。例えば深夜の2時を起点にしますと、2019年6月1日ないし2日の深夜2時は早朝4時に、9月1日の早朝4時は深夜2時に戻ることになります。実はこれだけで「どうしよう」という問題が出てきます。

 どういうことかというと、9月1日の深夜2時から早朝4時までの2時間が2回あることになって、そのタイムスタンプを区別できるかということです。「区別できるか」問題について、「できなくたっていいじゃん」という方もいるようですが、そうはいかない。そのために新しいシステムを追加しなければなりません。

 さて、メリット、デメリットがいろいろ議論されていますけれど、オリンピック競技の暑さ対策についてはまた別のオブジェクションが提示されているので分かんないですが、このほかにCO2削減の効果もある、経済効果もあるんじゃないですか、といわれています。このうち経済効果については、年7000億円の経済効果があるといわれていまして、これがサマータイム実施の後押しになっているんですが、最近、この数字だけが一人歩きしているようです。「システム改修のコストがかかるじゃん」と言いますと、「それも経済効果だよね」と打ち返されまして、思わず「えっ」っとなりました。

 一方、デメリットについては、もうあちこちでいろんな話がありまして、特に健康被害を訴える方が多いですね。ともかく大変だ、と。もう一つ、大きな話として「システム改修」があるんですが、これについてしっかり考えている人はあまりいないように思います。それで、過去の検討状況をちょっと探してみました。

 すると1999年の「地球環境を考える夏時間検討国民会議」のサーベイですが、報告書が出ています。それによりますと、システム改修に必要な費用は1000億円となっています。で、改修に必要な時間は2年程度だと。この数字がたぶん、今回も生きているんだと思います。

 1000億円、2年。だから、ま、行けるでしょう、と。

 ですが、調べると「2年」というのは情報システムの改修にかかる時間じゃないんですね。中身を見ると航空業界の国際機関でIATA(International Air Transport Association:国際航空運送協会)という組織があるんですが、そこが出した数字でして、「夏時間に対応して国際線のスケジュールを調整するのに2年かかる」と言っているんですね。それが「2年」の根拠なんです。

 ソフト業界に聞いたところ、すべての項目についてノー・アンサーなんです。なぜかと言いますと、当時、ソフト業界は西暦2000年(Y2K)問題に大わらわでして、それどころじゃない。Y2Kが終わってから考えさせてくれ、と(笑)。そりゃそうだよね、このサーベイは1998年か99年の前半に聞いているんだから。

時刻データの供給源をぜんぶ洗うのか

 というわけで、いくらなんでも2年でやれというのは無理でしょう。特にITの時計の仕掛け(時刻データの供給源と取り込みの方法)は1999年当時と現在では雲泥の差があって、もっとも違うのはIoT時代になっちゃって、いろんな機器がネットワークでつながっています。そういう機器の時計って、どうやって合わせているか、みなさんご存知ですか?

 「自動で設定されているんだから、いいじゃん」とおっしゃる方は、自動設定の意味が、技術的な意味が分かっていないんですね。環境省の資料なんかを読むと、「いまは時計が自動設定されるんだから、たいしたことはない」と書いてあるんですけれど(笑)、実は全く逆で、これはエライことで、自動設定ということは世界標準を基準に、そこに時差分を足しているわけですから、そこを直さない限り時計は直りません。できるわけないじゃん、そういう話が通じてない。

 アプリケーションの開発でもそうですが、先ほどの「区別できますか」問題も併せてこれは教育のところからやらないといかんな、ということで、アレ(資料「2020年にあわせたサマータイム実施は不可能である」「サマータイムに関する現状の認識整理」)を出したわけです。2018年の8月10日でしたが、そうしたらあっという間に40万ダウンロードがありまして……(笑)。

 私が言いたいのは、サマータイムをやるんなら、最低4年か5年は準備にかけてくださいよ、と。単独のアプリケーションなら2年、大規模なら3年ぐらいでいいかもしれませんが、インフラ系のシステムは4年か5年は必要でしょう。家電なんかは修正不能なモノがだいぶあるので、交換が必要になります。どれくらいの費用がかかるか、ザクっと3000億円ということにしたのですが、実際のところは分かりません。

 もっと大切なことは、イノベーションに必要なIT人材をサマータイムのシステム改修に使わないでください、ということです。え~、あまり時間がなくなってきちゃったんで……。

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 みなさん、ITシステムの時計を合わせる仕掛けって何通りあると思いますか? 時刻データの供給源って、手動があって(笑)、ネットワーク機器の標準として普及しているNTP(Network Time Protocol)があって、カーナビに使われているGPS(Global Positioning System)、電波時計用の長波JJY、テレビ放送の電波、携帯電話の電波、テレフォンJJYがあって、FM波から時刻を取ったりしているんです。これを全部洗うんですか。

 これがサマータイムということになったとき、それぞれがどうなるのかバラバラですし、長波JJYは今の時点では何も決まっていない。じゃ、運用でカバーできないの、っていう話が出るんですけれど、できるものもあるけれど、できない場合もある。人間が読み替えればいいといっても、マイコンやIoT機器となるとそうもいかない。

 世界標準時に時差分を足して、2を足したり引いたりして済ませるわけにもいかない。それはそれであとで必ず祟ります。というのは戻すとき、アプリが付いてくるかという問題があります。

 経済の停滞も怖いな~と思っています。これは当研究所の理事でもある中央大学の実積寿也教授が試算した「ソフトウェア開発が半年遅延する経済損失」というグラフですけれど、GDPにして24.7兆円から54.3兆円の損失が発生するといっています。

 ということで、本日はそのようなシステムにどのような影響が出そうなのか、事例を集めるとともに、そもそもこういう重大な問題のときに、ITリスクというものが十分に検討されずに決定されてしまうのか、政策の意思決定プロセスがどうあればいいのかという議論を進めていけたら、と思っております。

 

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