IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

サマータイムの基礎知識 国際大学GLOCOM客員研究員・楠正憲氏

情報法制研究所が9月2日に開いた「サマータイム導入におけるITインフラへの影響に関するシンポジウム」の基調講演、2番手で登壇した国際大学GLOCOM客員研究員・楠正憲氏の「サマータイムの基礎知識」を再録する。1948年から52年まで実施された「日本の夏時間」に、現在の最新のIT機器は対応していたとは知らなかった。

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国際大学GLOCOM客員研究員 楠正憲氏

楠 国際大学GLOCOMの楠といいます。ぜんぜんサマータイムの専門家じゃなくて(笑)、この日のために調べてきたことをお話します。よろしくお願いします。

 え~、ではちょっと歴史的背景を踏まえて簡単にお話をできればと思うのですが、夏時間を最初に提唱したのはアメリカのベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)だと言われています。アメリカの独立宣言をまとめたあと、フランス駐在大使だった1784年に、匿名の投書で「こんなことやったらどうだ」というのがあって、それをもとに書いたエッセイで「Daylight Saving」のアイデアを発表しました。

日本でも1948年から4年間実施したことがある

 ただそのときは時計をいじろうという話ではなくて、早起きして朝を有効に使おうね、ということでして、けっこうふざけて書いていて、夜更かしを禁止するために外出禁止令を出して、お医者さん以外は馬車に乗れないようにして街を封鎖しよう、とかですね、ロウソクを配給制にして、買える本数を制限したらどうか(笑)、起こすために朝に鐘を鳴らそうとか(笑)、どうも真面目に書いたとは思えないとても面白いエッセイなので、ぜひいちど読んでいただけたらと思います。

 現在の夏時間に相当するものというのは1907年、フランクリンから100年以上経って、イギリスのウィリアム・ウィレット(William Willett)という建築家が自分でパンフレットを作って提案しています。皆さんはいま2019年、2020年に実施が検討されている2時間がユニークだ(他に例がない)とおっしゃいますけれど、原型となったウィレットは2時間です。このときは4月から日曜日ごとに、毎週20分ずつずらしましょう、と。それを6回繰り返すと2か月弱で2時間になるね(笑)、というわけです。

 それから9年後にイギリス、ドイツをはじめとして……、ですが20分ずつ6回というのは大変なので、1回に1時間変える、と。ということで、今の夏時間の原型は1916年に出てきている。その目的は第1次大戦の燃料節約でした。

 歴史を調べますと、夏時間的なものは古くからありました。何かと言いますと、江戸時代の時間です。江戸時代の時間というのは日の出の30分前が「明け六つ」で、日の入りの30分後が「暮れ六つ」というふうにやっていましたから、夏至と冬至の間はだいたい2時間ぐらいの差がある。

 ITで「たいへんだたいへんだ」と言っているんですけれども、江戸時代はどうだったかと言いますと、実はこれ(下のプレゼン資料参照)は和時計ですが、いちばん右の時計には振り子が2つついていまして、1つは昼用、1つは夜用です。それぞれがちゃんと動いて日の出、日の入りを計ります。われわれは遅くとも1700年代にそういう時計を作っていました。時代劇なんかで2つの振り子が両方とも交互に動いていたりしますけれど、それは間違いで、昼と夜ではそれぞれ別の振り子が動くことになっています。機械にできることがITでなぜできないんだと思わないでもありません。

 ちなみに日本で最初の時計とされているのが左にある「漏刻」という仕掛けです(筆者注:天智天皇のころ、飛鳥の都に渡来人の技術者が作ったことが「日本書紀」に見えている)。水時計ですので一定のリズムでしか時を刻めない。ですが中国では水の量を変えて太陽の動きに合わせて時刻をずらすことをやっていたようです。奈良時代、平安時代が定時法だったのか不定時法だったのかはよく分かっていません。

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「時を刻む仕掛け」は定時法、不定時法に対応していた:左から飛鳥時代の漏刻、南蛮時計、江戸時代の和時計

実は昭和初期に議論も結論も出そろっていた

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 その後、明治6年になって定時法が入ってくるわけですが、その時点では日本の中に時差がありまして、というのは日の出・日の入りに合わせた不定時法でしたから、北海道と九州では50分ぐらいの時差があった。イギリスでグリニッジを世界の標準時に採用したのを機に、時差がぴったり9時間になる兵庫県の明石、東経37度を日本の標準時にした。その後、領土が広がったのでタイムゾーンをもう1つ作ったんですけれど、それだと不便だというので第2次大戦中に明石標準時に一本化した。そういう経緯です。

 で、戦後の動きですが、基本的には第1次大戦のときにヨーロッパで採用されていたのいで、日本でも戦前、鳩山一郎さんが大正の終わりぐらいに言ってまして、そのときは6月に決めて7月にやろうと、ほぼ決まっていました。このときは2時間でして、たぶん田中内閣(筆者注:田中義一内閣)が瓦解したので済し崩しになってしまった。以後、戦争中、1938年から毎年のように議論されて、そのたびに流れていったというような歴史があります。

 1932年、昭和に入ってから同人誌で取り上げられているんですが、そこに鳩山一郎さんが「書記官時代に提案したんだけれど内閣ごと流れちゃったんだよね」というようなことを書いていたりだとか、でも当時から論点は出そろっていて、「サマータイムをやらなくてもいいじゃないか」とか、「緯度の高い地域では効果があるけれど、日本はヨーロッパに比べると緯度が低いからもともと日照時間が長いんだから、問題にならないよ」とかですね、あるいは「睡眠不足による健康被害のほうがおっきいよ」とか、もう昭和の初期に議論されています。

 ちなみに2時間の時差を実際にやった国がありまして、それはどこかと言いますと戦争に負けたドイツ、そのドイツのソ連が占領したエリアでして、ベルリンの時間を2時間ずらすとモスクワの時刻と一致するわけです。距離にするとだいぶ遠いのですが、これもなかなかエグいサマータイムで、4月に一回1時間動かして、5月にもう1時間ずらし、9月に1時間戻して11月にもう1時間戻す。だいぶエグい(笑)。

 わが国もGHQがサマータイムを指示したわけでして、戦争に負けるってたいへんだなと思います(笑)。日本は4年間で、だいぶ混乱があったので、政治家は元気だったころはあまり話題にならなかったと聞いているのですが、だんだんと世代交代が進んでいって、1973年にオイルショックがありました。このころから燃料節約の方策として考えなきゃね、という議論が出てきました。

節電・省エネ効果は期待できない

 政策として浮上したのは1977年、通産省が「持続的成長の課題」という報告書でサマータイムを取り上げて以後でして、1980年から持続的に世論調査が行われて、たびたび提案されてきた、と。

 で、世論調査を見ると、最初のころは半分も賛成がなかったのですが、今世紀に入ってからは意外と評判がいいようで、半分以上の支持がある状態が続いている。  節電、省エネにつながるのか、ということは、東日本大震災のとき、原発が全部動かなくて電力不足が喧伝されたとき、だいぶ検討されまして、「非常時だからやろう」という機運も盛り上がったんですが、観点としては原発がぜんぶ止まっていて老朽火力に頼らざるを得ないという状況でしたので、燃料の節約というより、どっちかというと電力消費のピークを抑えたい、平準化したい、分散させたいという視点での発想だったと思います。

 ところが現実には、1時間の夏時間を実施しますと、ピークは増えてしまうことがわかった。産業界の電力消費が減っている時間帯、家庭の電力消費がむしろ増える。逆効果になる。試算をしたところ、逆に1時間遅らせる(標準時の午前6時を午前5時にする)と、ちょこっと効果がある(笑)という結果が出たんですね。じゃ2時間遅らせたらどうかというと、あんまり変わらない。

 余談なんですが、皆さんが現在お使いの最新の携帯電話やパソコン、コンピュータは、日本のサマータイムに対応しています。「日本の夏時間」というのはGHQ指示でサマータイムを実施した1948年から52年にかけて、そのとき作られた情報を正しく処理するために1時間動かしなさいということです。日常的に使わないだろうと思うかもしれませんが、システムはちゃんと読み込んでいて、例えば生年月日があります。

 1948年から52年の間に生まれた人の生年月日は1時間の時差を持っています。なのでグーグルで検索すると、ときどきその期間に生まれた人の生年月日が1日ずれて表示されることがあります。当時はもちろん手書きですし、出生届けに「時・分」まで記録しません。するとあとでコンピュータ処理にかかるデータに変換したとき、「0時0分」で入っていることがあるんです。

 グーグルの検索システムは1948年から52年まで実施された日本の夏時間の情報を持っていませんから、時間のずれが生じて1日の誤差が出てしまう。なので日本でまたサマータイムをやるなら、データベースにもう一度、時差の新しいエントリーを付け足して、ぜんぶのデータやOSをバージョンアップしなければならなくなります。そういう話ですので、3年前に買ったアンドロイドの端末にはその機能が入っていないので、機種変を考えることになるのかな、と思います(笑)。

 で、主要なOSのタイムゾーン・データベースの状況を見ますと、最近のWindowsは北朝鮮時間を取り込んでいましたが、先に南北首脳会談で時間を統一することになりまして、30分の時差がなくなりました。ブラジルやモロッコで夏時間が廃止になった。というような変更が、アップデートされて配信されています。

 夏時間が導入されるとかルールが変更されるのは別に珍しいことではありません。世界で見れば、毎年しょっちゅう起きていることですし、世界を相手にソフトの仕事をしている、ソフトを売っている人や会社であれば当然のことなのです。

本来なら大騒ぎするようなことじゃない

 そういった意味で、本来、夏時間のことでこんな大騒ぎになるのは、実は恥ずべき状況なのだと思います。つまり、例えばプロトコルの中にUTC(Universal Time, Coordinated:世界標準時)で時間を書くか、ローカルな時間で書くかということは、もっと前に決めておくとか、やるべきことは何十年も前に分かっていたわけで、世界で活躍している企業なら当たり前のことなんですね。

 アメリカ製のソフトで漢字を入れると入らないことがあるんですけれど、それは自分の国でやっていないことにプログラマはなかなか気が回らない、鈍感になってしまう。じゃあ、「当たり前のことなんだからやってろよ」と言えるかですが、言うのは簡単ですが、いざやるとなるとけっこうしんどくて、たぶん発注する側も「夏時間に対応しろ」なんてことを仕様書に書いていない。ですので夏時間問題でトラブルが発生しても、瑕疵担保責任は問い難いのかな思います。ま、パッケージでしたらアップデートで、ということなのでしょう。

 現実には、OSを最新の状況で使っている人って、そんなに多くないんですね。アップデートひとつちゃんとやるのも面倒だ、困ったなぁという人がいますし、テストをやり直さないといけない。システムの時刻管理が自動化されていないケースは決して珍しくなくて、そうなると全システムを人海戦術で洗い直していかないといけないので、人集めがたいへんになる。

 時刻合わせは上原先生がさきほどお話になったように、時刻データの供給源がいくつもありますし、システムの時刻を管理しているサーバーがどこから時刻のデータを受けているかを調べて調整していく作業が必要になります。

 その一方で、運用をどうするのか、という議論もしていかないといけないと思っています。ルールを作ったとしても解釈の相違とか手順漏れとかが必ず起きます。それはアメリカ、ヨーロッパ諸国ですでに起こっていることで、よく知られているところではスマホのアラーム機能があります。夏時間が始まったら、アラームを時差に合わせて鳴らすべきかどうか。毎年、iOSのバグじゃないかという話が出てきます。

 ともあれ、サマータイムというのはITの問題だけじゃなくて、生活そのものですよ、と。何のためにやるのか、ということがいちばん大切で、日照時間はこの国では問題外ですし、節電・省エネの効果は期待できない。あとはロシアとか中国とか、サマータイムをやめた国の理由を聞くと、救急車の出動回数が増えたりとか、切り替えた週の交通事故が大幅に増えたりとか、そいういった報告があるようです。

 まぁアジアの国々の夏はたいてい朝から暑いので、早起きしたから涼しくて何かできたかというと、そういう世界ではないですし、たぶん個々人の都合に応じて変えてったほうがいいんじゃないかと思います。

 一方で情報システムの話でいうと、運用ルールを決めておかないと、影響がどれぐらい出るかは判断できない。本来であれば、夏時間をやることになったなら円滑に対応できるシステムであるべきだけれど、ちゃんと技術者を教育して仕様に入れて、そのようなシステムにしていくには何年かかかる。サマータイムの是非はともかく、本日はこんなところです。  ご静聴、ありがとうございました。(拍手)

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