IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

マイクロソフトがワークスタイルを変えた理由(わけ) 勘違いしないでください、儲けるためです

 日本マイクロソフトが「テレワーク勤務制度」を実施したのは今年(2016)5月1日。勤務場所は「業務遂行可能な適正な場所」とし、在宅勤務制度とフレックス制度のコアタイムも廃止した。これって、今年2月に急逝した片貝孝夫氏(片貝システム研究所)が提唱していた「どこでもオフィス」そのものじゃないか。とはいえ国内2400人、全世界10万人のスケールで「どこでもオフィス」って、どういうコンセプトと仕組みで成り立っているのだろう。そのことについて、小柳津篤(おやいづ・あつし)・エグゼクティグアドバーザーがレクチャーをしてくれた。「勘違いしないでください、儲けるためです」と小柳津氏は言う。

テクノロジーセンター エグゼクティブアドバイザー 小柳津篤氏

売上高とRevenue/Employeeの推移


産前産後、育児、介護のためだけでなく
小柳津 皆さん、よろしくお願いいたします。
 マイクロソフト社はですね、働き方の多様性ですとか、生産性の向上というのを、すごく長い年月をかけてこだわっている会社の1つです。どれぐらい長く取り組んでいるかと言いますと、グローバルなガバナンスで公式に始まったのが2003年。ですから14年目、かなりシツコイですね。
 私たちが「働き方の多様性」にこだわっているのは、明確な理由がありまして、「儲かるため」です。私はその推進者という立場です。マイクロソフトの中で推進すると同時に、日本の大手企業のお客様をお手伝いするコンサルティング・アドバイザーとしてプロジェクトに入る、というのがもともとの仕事です。
 これまで100社以上のお客様とお話しさせていただいてまいりましたが、日本の企業の方が「働き方の多様性」に関心を持つきっかけというのは、産前産後、育児、介護に対応した在宅勤務を中心に議論が行われています。すごく重要な話です。私たちも決してそれを軽んじたことはありません。いろいろな事情で働くことができない方をサポートする、ものすごくたいせつなことです。ただし、それが目的ではない、ということです。そういう方々を含めて、全員の「毎日」が変革の対象です。
 長年苦労しまして、全くうまくいかなかったのですが、この5年、うまく回り始めました。現在、わたしたちマイクロソフトの社員は毎日、全員が、いつでも、どこでも働いています。SFではありません。このことが皆さんから大変な関心を寄せていただいて、いくつかの賞をいただいたり、この品川オフィスに総計で71万人の方が見学にいらしてます。品川水族館より多いんじゃないのか、というくらいです(笑)。
 最初のうちは総務部門の方とか人事部門の方が多かったのですが、この数年は経営トップの方々が増えています。これまで「働き方の多様性」は人事部門のテーマだったのですが、最近は経営革新のテーマになっているということです。会社の競争力を高める、生産性を上げるというために、「働き方の多様性」が位置付けられ始めました。
 きっかけは安倍政権です。安倍政権が掲げている「1億総活躍」、これは「皆さん全員が働いてくださいね」というメッセージです。心身健やかに働いて、医療のお世話にならず、適正に納税をしてくれる。これが社会として円滑に動かないと、日本の未来は暗い。2016年度予算で「1億総活躍」関連は2兆4千億円です。国策の一丁目一番地というわけです。


社員1人がいくら叩き出せるか
 これまで「働き方の多様性」というのは、経営者、労働基準監督署、労働組合にとっても、「労働強化の温床」と見られてきました。「働き方の多様性」が認められるのはごく一部、産前産後、育児、介護といった働きづらさを持った人たちの救済策に限られていて、社会に対するエクスキューズに使われることも少なくありません。もう一つは我われ外資系企業のように、「あいつらは別なんだ」というケースです。
 そこで、「働き方の多様性」と「会社が儲かる」ということに、どのような因果関係を我われが見ているかをご紹介します。
 私たちマイクロソフトの強み……。えっと、ここでちょっとイヤラシイ資料を見ていただくんですが、実はメッチャ儲かってるんですね(笑)。下の青い棒グラフ、売上高のグラフです。ものすごくきれいに上昇しています。1回だけ、リーマンショックのときだけ凹みました。マイクロソフト社は創業から41年、IT業界で41年生き残っているのもレアですが、ずっと右肩上がりというのはもっとレアだと思います。
 かつて、マイクロソフト社はパソコン用のOSを売っていました。パソコンメーカーにライセンスする一本足打法でして、Windowsを供給していれば儲かった。言葉は悪いですが、誤解を恐れずにいうと、お札を刷っていつようなものでした。
 いまマイクロソフト社はエンタープライズ・ソリューションがフル・ラインアップです。すべての製品の名前を言える社員はいないかもしれません。売り物を増やせば、当然ですが売上高の量(かさ)が増えます。そんなことはライバル会社はみんなやっていることですし、管理コストがかかって利益は増えないかもしれません。
 それを乗り越えるために何をやっているかというと、もう一つ重要な取り組みがあります。それが赤い折れ線グラフで示したRevenue/Employee、社員1人が年にいくら叩き出せるか、です。当社内ではこれを「パー・ヘッド」と言っています。マイクロソフトはいろいろなビジネスのKPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を持ちますが、マクロでは必ず「パー・ヘッド」で評価します。
 MS-DOSやBASICをやっていた1980年代は年20万ドルのレンジ、スケールメリットがいちばん大きかったWindowsのころは40万ドル、エンタープライズ・ソリューションにシフトした2000年代は60万ドル、最近はエンタープライズ・ソリューションをパッケージ・ソフトウェアでなくクラウドでサービスとして提供してまして、直近は86万ドルです。


早く決めて実行するためのメカニズム
 なぜ20万ドルから86万ドルに、きれいな右肩上がりになっているのか。理由は簡単です。社員を増やしていないからです。売り上げのカーブと同じように社員数が増えていたら、ずっと20万ドルのレンジです。しかし私たちは徹底的に社員数を増やしません。売り物が増えていて、売り方が複雑になっていて、市場のニーズが多様化しているのに、滅多に人を増やしません。
 エンタープライズ・ソリューションを標榜しているライバル3社、具体的な社名は言いませんが、だいたい年間30万ドルのレンジです。マイクロソフト社の86万ドルというのは頭1つというようなものではありません。体1つ半ぐらい突出しています。でも、マイクロソフト社の社員が他社に比べて格段に優秀かというと、そんなことはありません。というのは、この4社の中でグルグル回っているだけだからです(笑)。4社全部に勤めたことがある社員はいくらでもいます。
 なのにマイクロソフトは86万ドル、他の3社は30万ドルのレンジです。何が違うのかというと、メカニズムが違います。日々のオペレーションで気をつけているのは、リズム・オブ・ビジネスとフレキシブル・ワークです。意思決定を早くして、早く実行する。転職してきた人は必ず「マイクロはすごいね」と言います。
 リズム・オブ・ビジネスというのは、ビジネスを数値化することです。「会計の可視化」「進捗の可視化」「市場の可視化」、要するにすべてを数字で把握するんです。私が入社した当時、こんなことは影も形もなくて、ビジネスの様子はコメントで把握していました。週報とか日報とかを中間管理職が読み込んで、何とか意思決定に役立てようとしたんですが、今から白状しますと、ほとんど役に立っていなかった。
 コメントに書いてあることは、たいていは「まあまあ」とか「そこそこ」とか「ふらふら」「頑張ります」「もう一息」とかです。自らの経験から行間は読みます。でも本当のことは伝票を締めるまで分からなかった。
 でも今は違います。ビジネスの様子は数字、もしくは数字をビジュアル化したグラフ、数字にしきい値を設けた信号機で表れされます。マネージャーが多少ボンクラでも、こりゃぁまずいな、ここがネックだな、と分かります。だから意思決定が早いんです。マイクロソフト社内の共通言語は英語ではありません。明らかに「数字」です。
 もう一つ重要なことがあります。決めたことを展開し実施しなければなりません。そこで我われがやっているのが「いつでも・どこでも・誰とでも」です。

一般的なテレワークとマイクロソフト社のフレキシブル・ワーク


ワイガヤ、大部屋の考え方は変わらない
 私はマイクロソフトに移る前は日立製作所にいたんですね。そこで教え込まれたのは、「ワイガヤ」「大部屋」「徹夜で頑張る」でした。濃密な人間関係と豊富なコミュニケーションによって、組織やチームを支えていく、という考え方です。日本人はこれが世界でいちばん上手でした。だから高度経済成長が可能だった。
 マイクロソフトも同じです。ただ30年前の日立と21世紀のマイクロソフトでは、決定的に違うことがあります。ワイガヤ、大部屋ということは、いまもやっています。この品川オフィスそのものがワイガヤと大部屋です。ですが、そのために社員がいつも同じ場所にいる必要はない。
 どこにいても電話やメールでつかまるし、どんな情報もネットで探すことができます。意思決定もすぐできます。この数年で、私たちは私生活で体験済みですよね。それを仕事の場でもやろうよ、ということです。それを使って、30年前の日本企業と同じように、濃密な人間関係と豊富なコミュニケーションを毎日積み上げたいと考えているんですね。部屋の外にいても、それをやりましょう、ということです。
 たくさんの人と交流してアイデアや知恵を共有し、連携しながら効率よく、早く仕事をしていくために、私たちは、世界のどこにいても仕事ができる環境を整えました。どこで仕事をやってもいい、ということを会社として保証しました。
 当たり前のことですが、日本の企業ではなかなか改革が進みません。コミュニケーションや人間関係が弱まったり、傷んだりするのではないかという懸念が先に立つんですね。誰かが突然出勤してこなくなって自宅で仕事を始めたり、出張の帰りにオフィスに立ち寄らないでまっすぐ帰宅したりしたら、全体の和が乱れるし、コミュニケーションができなくなる。気持ちは分かります。
 しかし繰り返しますが、いまは自宅にいたって海外にいたって、スタバにいたって図書館にいたって、連絡もできれば情報共有もできます。それを会社として保証しましょう、というの基本的な考え方です。
 これができるようになると、連続する仕事であろうと日連続な仕事であろうと、大勢の人の知恵や知識、経験や情報を活用しながら仕事を進めていくことができるようになりますので、効率がめちゃくちゃ高まります。それから「いつでも・どこでも」というのは、ものすごく働きやすいんですね。自分の働きやすい状況や環境を自分で作ることができる。
 社長は「もっと働け」と願い、社員は「もっと休みたい」と思うのが、これまでの労使交渉であり、そこから生まれたのが労働協定でした。ところが「働き方の多様性」が正しく回転し始めると、社員が働きやすくなって会社は儲かるようになるんです。



社員の満足度は2010年比+40%
 先ほど、マイクロソフトは幾つかのKPIを持っているとお話ししました。パー・ヘッドの生産性はその1つです。もう一つ重視しているKPIは社員のワークライフバランス満足度です。パー・ヘッドを重視するのは営利を目的とする事業会社ですから当然ですけれど、社員の満足度を重視するのはなぜでしょう。マイクロソフトがハート・ワーミングな会社だからでしょうか。ノーベル平和賞をねらっているからでしょうか。
 違います。
 業務効率というのは、短期的には簡単に上がります。徹夜すればいいんです。もしくはパワハラすればいいんです。一瞬ですが、業務効率は上がります。でも長く続きません。中長期で見ると、非効率です。われわれのような外資系企業は、非効率なことはしません。
 業務効率というのは、社員の満足度と深く関係しています。社員のワークライフバランス満足度が高いと、効率の良さが継続できる。これが社員の満足度を重視する理由です。社員満足を高めながら業務効率を上げていく。その2つを高い水準に維持しない限り、継続しないということです。効率性が高くて働きやすいということが、社員の自律性や主体性を促しているということです。
 仕事の総量は増えていますが、総労働時間は減らしています。離職率も下げています。メンタル疾患も下がっています。具体的にいうと、ワークライフバランス満足度は2010年比で40%アップ、生産性は26%アップ、残業時間は5%ダウン、旅費・交通費は20%ダウンです。
 たいせつなのは、この概念を作ることではなく、実装することです。ものすごく苦労しました。いま振り返れば、物理的なオフィス環境、モバイル環境、体制としての労務管理、情報管理、この4つが一定の水準を超えないとできなかった。最初の5年、7年、8年は失敗の連続でした。10年目ぐらいからうまく動き出した感じでした。
 オフィスをオープンスペースにして、専用のワークプレースをなくしてフリーアドレスにして、ITを駆使してテレワークを実現する。私生活では「便利」で済みますが、仕事ですから情報の管理とか就労状況の管理、評価が担保されていなければ、社員は安心できません。
 マイクロソフトの労務管理、情報管理というのは、社員を守る方策でもあります。どこで仕事をしていてもちゃんと評価される仕掛け、情報が流出しない仕掛けが整備されているんです。
 この5月に在宅勤務制度やフレックス制度のコアタイムを廃止しました。発表したら、問い合わせが殺到しました。大丈夫ですか、気が違ったんですかとか(笑)。ですが、社員からすると、「何をいまさら」なんです。在宅勤務とかコアタイムとか、私たちにとっては忘却の彼方です。

自由に動き回れるオフィスの設計
 制度があって申請があって許可があって報告があって……というのは、かえって働きにくくするかもしれません。在宅勤務というのは「家から出るな」です。それより、どこであっても「事業場みなし業務」一本にすればいい。
 業務の標準化も欠かせません。手続きや報告、マニュアルのようなものを徹底的にシステムに落とし込んだりアウトソースして、それにかかる手間と時間を社員の手から奪ってるんです。だから社員は、冗長性が高くて専門性が求められる仕事に専念できるわけです。
 2011年のころ、手元に書類や資料を置きたいという社員がいましたので、このビルのワンフロアを書類置き場にして引き出しのない机に変え、書類キャビネットをなくしました。それでも問題はまったくなかった。それを確認した上で、現在、このオフィスは完全にペーパーレスです。長期保存が必要な書類はシンガポールと大連のデータセンターに保存されていて、いつでも検索できるようになっています。
 時間管理、労務管理、業績評価、情報管理、セキュリティポリシー、端末の配り方、クラウドの設計、教育、罰則といったすべてを、ネットワーク型の働き方に合わせているんです。だから社員に「ここから動くな」というオフィスじゃなくて、必要に応じてふらっと誰かと話したり調べるために動き回れるオフィスにする必要があったということでもあります。
 当社の仕事は、1人でコツコツやっていれば何とかなるようなものではありません。大勢の人とコミュニケーションしながら、知恵や知識や技術やノウハウを借りて、協調してやっていかないと達成できない。ITで情報を共有するのが50%、残りの50%は「人脈」です。ということで、さて、このあたりで実際のオフィスを見ていただきましょう。■