IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

AI/ビッグデータ時代の無形資源「数理資本」について話そう 経産省・情報技術利用促進課課長 中野剛志氏(上)

経済産業省と文部科学省が共同で「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」を設置したのは昨年8月。今年3月12日の第5回で終了し、報告書『数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える~』が公開された。意見交換会を設置した裏事情、数理資本主義が意味するものなどを、仕掛け人である経産省・情報技術利用促進課課長・中野剛志氏に語ってもらった。

理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会についてはこのURLを参照してください https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/risukei_jinzai/index.html

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中野剛志氏

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理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会(写真は2018年8月8日の第1回)

経済産業省の本館会議室。アポイントに数分遅れて中野剛志氏は姿を現した。「前の会議が長引いちゃって」と席に着いた中野氏は、挨拶も早々に話し始めた。

 

中野 3月26日に発表した報告書『数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える~』についてですが、書いてあることをそのまま読んでも面白くないので、どういう問題意識だったのか、といったことをお話ししたいと思います。

 もともと……、え~、「数理資本主義」というタイトルですね、ご承知の通り昨今、IoTだAIだと。とりわけAIですね。第3次AIブームということで、AIとかデータサイエンスの人材が足りないと。ひるがえって、AIを生み出す、AIを使いこなす、ディープラーニングを超える……。それに必要な能力って何だろう、と。枝葉をそぎ落として本質を考えてみたわけです。 

アルゴリズムのかたまりなのに……

 そうすると、端的に言うと数学、もうちょっと広く物理も含めてですが、問題を一般化し抽象化する能力、それに尽きるな、と。AIでもデータサイエンスでもディープラーニングでも、重要なのはアルゴリズムですので、数学的な能力ということになるわけですね。

 そういう視点でAIとかデータサイエンスの分野で活躍している人を見ますと、数学者だったり物理学者だったりするわけです。アラン・チューリングもフォン・ノイマンも数学者ですし、デジタルの原点はブール代数、そのブールも数学者です。ITそのものが、数学の歴史なんですね。従って、これは数学だなぁ、物理だなぁと思ったんですけど、経済産業省は40年来、「情報化が大事だ」「IT革命だ」と言ってきたんですが、ついぞ「数学が大事だ」とは言ってこなかった。

 通産省の時代から産学連携には力を入れてきて、例えば資源工学とか機械工学とか、そういう分野の先生がたはだいたい知っていて、A先生のお弟子さんはB先生で……みたいなことまで分かっていて、何か問題が起こって議論してもらう必要が出てきたら、じゃあの先生に来てもらおう、という具合になっている。ところがそのネットワークは工学に閉じていて、数学とか物理は理学部でして、そこじゃなかったんですね。

 AIとかデータサイエンスというのは数学なんですね。

 ハタと気がつくと、経産省は数学とのリンクを持っていない。よく「日本はソフトウェアで遅れをとった」とか言われますけれど、数学に目がいっていなかったわけですから当然です。ソフトウェアはアルゴリズムのかたまりですから。それで数学の先生に来ていただこうとしたら、どこにどういう先生がおられるのか、誰も思いつかない。こりゃぁマズイぞ、と。(笑) 

「よ〜し、いいところに来た」と(笑)

 この意見交換会を始める前に、国立情報学研究所の河原林健一先生、グラフ理論の大家ですけれど、先生のところに伺ってお話しを聞くと、「キミ知ってるか」とおっしゃるんです。「グーグルは経営者も数学者で、数学者をいっぱい雇っていて、そういう一流の数学者の中には、マサチューセッツ工科大学(MIT)やスタンフォード大学の数学者に匹敵するか、それを上回るヤツもいるんだぜ」と。

 そんな天才的な数学者がアルゴリズムを書いている。対して日本は、工学から入った人がやっている。工学の人にとってITは迂回ルートなんですね。

 「数学者がアルゴリズムを書くのと、工学者が迂回ルートでITを学んでソフトウェアをやるのでは、どっちのほうが早いか、どっちがすごいか。敵うはずがないじゃないか」

 とおっしゃるわけです。

 こっちは「恐れ入りました」と言うほかありません。AIがブームだといっても、根幹の部分を見失っていくと、これは問題だな、というのが発端です。遅ればせながらそう考えたんですけれど、どうしたらいいのか、どこから手をつけたらいいのか分からない。

 それで文部科学省さんに頭を下げまして、「助けてください」と申し上げましたら、文科省さんは文科省さんで、特に研究振興局ですけども、数学の大切さには気がついていて、えっと、いつでしたっけ……、2006年に『失われた科学~数学~』というレポートが出ていました。

 当時は「応用が大事だ」というような風潮が強かったんですが、数学者というのは純粋数学、数学理論をやりたがるものですから、応用数学の力がグンと落ちてきた、と。しかも大学に、今でもそうですがポストがない、お金がないといった課題があって、それもあって数学の力が落ちてきた。ということで2006年5月に『失われた科学~数学~』というレポートが出て、これが数学界に衝撃を与えて「こりゃヤバイぞ」ということになったんですね。「日本は数学に強い」という認識だったのが、根っこから揺いでしまった。

 学術を含めた数学がヤバイということになって、それを機に文科省は「数学イノベーションユニット」というのを作りまして、「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」とか「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」とか、数学連携拠点とかですね、そうやって数学を盛り返そうとしてきたんです。よく考えると、まさにIT革命だと言ってITで世の中が変わるんだというときに、われわれは数学を『失われた科学』にしてしまった。ダメだな、これは、と。

 文科省はアメリカを見て、大学だけじゃダメで、産業界の力がどうしても要ると考えた。ところが文科省はいまいち産業界とのパイプがない。一方、経産省は数学者のツテがなくてオロオロしている。そこに私が文科省に行って、「数学が大事だと気がついたんで、助けてください」と言ったものだから、「よ~し、いいところに来た」と(笑)。「やっとわかったか」と(笑)。それで一緒にやろうじゃないか、ということになりました。

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全国の数学連携拠点(数学・数理科学と諸科学・産業との協働の主な拠点):文部科学省

大学、学生、産業界のギャップがある

 意見交換会は、最初は3回で終わらせるつもりだったんです。ところがフタを開けたらなんだか盛り上がってですね、最終的に5回やることになりました。

 メンバーは……、えっと、大学というのは伝統的に純粋数学、数学理論を重視する傾向が強いんですが、その中で応用数学だってレベルでは純粋数学に劣るものではなく、世の中へのインパクトだけじゃなく、学問としても大事なんだと。

 そういうお考えを持って、早くから頑張ってこられた九州大学の若山(正人)先生とか、東北大学の小谷(元子)先生とかに来ていただきつつ、産業界からIT系の方々に来ていただいて、このプロジェクトが始まりました。

 始めてみると、「これからは数学が大事だ」と分かっていなかったのは、実は経産省だけで(笑)、産業界はとっくに知っていたことが分かりました。面白いことに、産業界の方々はいま、数学者がほしくて探し回っています。数学科とかに手を伸ばすんですが、当の学生さんが「えッ?」という感じでポカンとしている。なんかミスマッチがずっとあるんですね。

 企業のほうは、例えばトヨタなんかは数学がこれからの競争を勝ち抜くキーだと言うわけです。でもずっと前からそうだったかというとそんなことはなくて、昔は「数学なんて役に立たないよね」だったんです。この5年ぐらいでガラッと変わった。皆さんが異口同音に「この5年ぐらい」とおっしゃる。それは何かというと、第3次AIブームです。ディープラーニングが始まったときに、産業界は「お~ッと、必要なのは数学だぜ」ということになったんです。

 大学の先生たちも同じことをおっしゃっている。10年前から応用数学が大事だと言ってきたんだけれど、産業界は見向きもしてくれなかった。それがこの5年で雰囲気がガラッと変わって、皆んな熱心に数学者が欲しいと言ってくるようになった。産業界と大学の皆さんのお話しがぴったり一致するんです。第3次AIブームが流れを大きく変えた、ということが、第1回目の意見交換会で分かりました。

 そうはいっても大学はまだ純粋数学が本流ですので、応用数学をやるのは若干ながら都落ち感がある。学術の世界で大発見をしたい、アカデミックの世界で名前を上げたいという願望が強い。それもあって応用のほうに進みたがらない。

 一方、産業界はどうかといいますと、語弊を恐れずにあえて言いますと、ご想像の通り数学者というのはちょっと変わった方が多くて、どのように接したらいいか分からない。マネジメントができないんですね。数学者の方々にその能力を発揮してもらうには、自分たちのマネジメントも改革していかなければならないし、社内にPRをしなければいけない。そのように産業界の方はおっしゃるのだけれど、そのやり方が分からない。

 数学をやっている学生さんはITに興味がない、大学は応用数学に重きをおいていない。そのようなギャップがあることが分かったのも、この意見交換会の成果でした。

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http://interview.hatenablog.jp/entry/2019/04/09/165000