IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

AI/ビッグデータ時代の無形資源「数理資本」について話そう 経産省・情報技術利用促進課課長 中野剛志氏(下)

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中野剛志氏

理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会についてはこのURLを参照してください https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/risukei_jinzai/index.html

極端な話、紙と鉛筆があればいい

  もう一つ分かったことは、数学をやるにはスーパーカミオカンデのような大規模な施設はいりません。極端に言うと、紙と鉛筆があればいい。お金がかからない学問なんです。あとは彼らのやる気を引き出したり、何というか……、マネジメントと認識の問題なんですね。だから、何か規制を緩和するとか予算をどっと付けるとか、そういう問題ではなくて、気づき次第でだいぶ変わるんですよ。

 それで今度の報告書の3ページ目に書きましたけれど、これまでに大きく3回あったというAIブームですね。そこに載っている図は、第2次までは高校までの数学ができれば何とかなった。ところが第3次になると、大学の3年から4年のレベルの数学じゃないと、という話です。そこが決定的に違う。位相が変わっているんですね。プログラミングができるだけじゃダメなんだそうです。数学ができないと、勝てない。

 その図は第4回の意見交換会にゲストとして来ていただいたスクウェア・エニックス、そこでAIをやっておられる三宅陽一郎さんのプレゼンテーション「人口知能 60 年の歴史と数学の関係」での資料をもとに事務局が作成したものです。

 三宅さんは京都大学の数学を出ていまして、だから数学が大事だということはすごくよく分かっていて、AIってコンピュータ・グラフィックスを駆使するようになっていて、これまで日本がシステムソフトは弱いけれど、コンピュータ・ゲームは強いと言われていたんですが、だけどそれが揺らいできた。

 それはなぜかというと、第3次AIブームのなかでCGが多用されるようになってくると、数学の力の差が出てくるからなんですね。もっと先に行けない。その観点から、日本のゲーム産業は脅かされているのかもしれないと三宅さんはおっしゃってました。プログラミングに数学を融合させるとグッと能力が上がって、さらに専門知識が加わってCG、AI、物理といった様ざまな分岐が起こるというのが三宅さんのお話しです。

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「人口知能 60 年の歴史と数学の関係」三宅陽一郎氏の資料をもとに事務局が作成

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プログラミングと数学の関係:三宅陽一郎氏

日本のポテンシャルは低くない

  マスコミや学術の世界で活躍なさっている方や企業の皆さんにお話しを聞くと、み~んな数学なんです。純粋数学と応用数学の境目なんかなくて、フィールズ賞をお取りになった森(重文)先生も「純粋数学と応用数学を峻別するのはできるだけやめたい」とおっしゃっておられます。フランスのAI戦略を立案したセドリック・ヴィラニという国会議員は、実はフィールズ賞を取っている数学者です。

 フランスはブレーズ・パスカルに代表されるように、「数学は強いぞ」と信じていたんだけれど、よくよく見たら優秀な数学者がアメリカに引き抜かれていた。それじゃ国家としてまずい、と。イギリスも同じでして、「オックスブリッジ」(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)という言葉があるように、数学の国じゃないですか。だから第3次AIブームは自分たちの時代だ、と意気込んでいる。

 じゃあ我が国の数学はどうかというと、フィールズ賞受賞者の数は世界で第5位で、頭脳の点で日本は世界に冠たる地位を占めています。15歳の平均能力で見ても、これはOECDの調査ですが、数学や科学は決して劣っていない。国際数学オリンピックでも割とメダリストを輩出していて、日本の子どもたちの数学レベルはかなり高い。

 じゃあなんで、この子たちがITの世界で活躍してくれないんだというと、国際数学オリンピック予選通過者の進路を調べると、多くが医学部に行っている(笑)。年収が高いからともいえますが、数学が出来る子っていうのは頭がいい子なんですよ。頭がいい子は偏差値自慢で、東大でいえば理科Ⅲ類、京大の医学部に行っちゃう。どうしても医者になりたいんじゃない。

 これは聞いた話ですが、子どもが数学者になりたい、ITに進みたいと思ってもですね、親や先生が「お前、何いってるんだ」と医学部を勧めちゃう。「立派なお医者になっておくれ」「お前、将来のことをしっかり考えろよ」と(笑)。

 これも三宅さんがお話しになっていたことですが、日本の数学のレベルは高い。すっごくレベルの高い人たちでも、その中で競うと二番手、三番手になる人が出るのはやむを得ない。アカデミズムでトップにならなくても、二番手、三番手の人でもITの世界に来ればたちまちトップになれる。余裕で天下を取れるんだそうですよ。 

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2018年10月15日、文部科学省で開かれた第2回意見交換会

異なる分野・領域をブッリジする

 もう一つは、素粒子物理学をやっている人たちってまさに天才の集まりで、彼らにとってはAIなんてチョロいものなんだそうです。そういう鉱脈が日本にはあるんです。日本のポテンシャルは低くない、というより高いのに、IT産業に優秀な数学者が来てくれないのはなぜか、ということを考えなければなりません。

 IT産業が面白いとか、生活が安定しているとか、自由な時間が取れるとか、そういうイメージじゃないんですね。何でもアメリカがいい、というつもりはないんですが、エクセレント・ジョブ、いけてる仕事を調べると、トップ10の中に数学が必ず入っている。数学を駆使して稼ぐということに、社会が敬意を払っている。日本はポテンシャルはありながら、AIやデータサイエンス。ディープラーニングに生かすことができていない。なんせ経産省がそのことに気がついていなかったんですから。

 テレビや新聞を開くと、これからはAIだ、ビッグデータだ、という記事が必ず載っています。そう言いながら数学をどこかに忘れている。アメリカを見ますと数学を勉強したり研究した人、そもそも数学科の学生の数がが日本の10倍ぐらいいて、それがどんどん企業に参加しています。アカデミックな世界に進む人が減っているわけじゃなくて、全体が増えていて、層が厚くなっている。中国も同じです。日本でもまずは数学の層を厚くして、IT産業を盛り上げていくようにしないといけないんだろうと思うわけです。

 それから数学ってものすごい設備や仕掛けがいらないだけじゃなくて、力仕事じゃないんで、女性がもっと活躍できる世界だと思うんですね。参考に報告書の22ページ目に「数理女子」というサイトをご紹介しているんですが、武将やお城、日本刀なども若い女性が「歴女」とかのブームを作っている。それと同じように、女性が数学のブームを生むかもしれません。

 数学というのは「ツブシが利かない」というイメージですが、数学をやっている先生方から「何をいってるの」と怒られてしまうくらい、実はものすごくツブシが利く学問なんだそうです。

 数学っていうのは、モノゴトを一般化して抽象化して解く学問なので、領域の違いを簡単に越えることができる。東北大学の小谷先生は、材料科学なんてやったこともないんですが、材料研究の方が困り果てて古谷先生に相談に来て、そうしたら先生は数学で簡単に解いちゃったそうです。オープンイノベーションとかいろいろ言われて

いますけれど、ITと機械工学とか、ITとバイオとか、量子コンピュータと材料とか、それをブリッジするのが数学者だ、と。

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http://www.suri-joshi.jp/

正直に言うと、どう政策に落とすかは思案中

 で、今回の意見交換会で抜けているのは初等中等教育の領域、つまり中学校、小学校での数学というか算数というか、です。今回、集まっていただいたのは大学の先生だけでしたし、その延長線上に父兄の認識を変えていく努力をしていかないといけないと思っています。ただそこは文科省と地方自治体の領域で、経産省としてはちょっとリーチが難しいところでして、これからの課題ということになります。

 ともあれ、数学がこれからの社会・産業の原動力、産業資源という意味で「数理資本」主義という言葉を使いました。直近の施策としては、未踏プロジェクトや情報処理技術者試験に数学のウエイトを高めていくということですが、何せ経産省は工学のルートはあるんですが数学の世界にアプローチしてこなかった。

 数学者というのはカネを積めば来てくれる人たちでもないし、時間の縛りを緩くすれば喜ぶかというわけでもない。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機)もあるし産総研(産業総合技術研究所)もあるんですが、これまで数学を政策にしたことがないので、模索中というのが正直なところです。