IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

中島秀之氏【下】

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交通混雑の解消

 カーナビゲーションシステム、略して「カーナビ」というのがあります。行き先を指定すると、混雑した道路を避けて最適なルーティングをしてくれる。知らないところに行くときなんか、たいへん便利なんですけど、目的地が遠い場合、最適なルーティングというのは実はあまり当てにならない。目的地を入力したときの混雑状況は分かるけれど、そこに到着するのは数時間後なので、状況が変わっている。

 2003年にトヨタの人が調べた結果がありまして、当時のカーナビですから「VICS」ですけど、普及率は20%でした。そしてVICSカーナビ装備の最適値も20%という結果だった(笑)。

 これってどうもおかしいので、よく調べると、カーナビを装備している車が混雑している道路から外れるので、混雑が解消した。ということはカーナビ装備率が上がると、装備車が一斉に混雑している道路を避けるので、別のところに新しい混雑が発生してしまう。

 そこで、現在地と目標値の情報を集約して共有するマルチエージェントの仕組みを考える。それができると、カーナビは全体の情報から最適なルーティングを行うので、協調型カーナビを持っている車が早く目的地に到着する。それで、他の車も利益を受ける。

 ETCを使えば、高速道路だけではなくて、一般道路の車線でも、このレーンは200円とか500円とかにして、最適化を図ることができないわけではない。それは経済原則の話なんですね。道路行政をやっている人はそれに気がついていないのかもしれない。

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フルデマンドバス

 もう一つのシミュレーションを紹介しますと、フルデマンドバスの実証実験というのがあります。固定路線と固定ダイヤをなくして、乗客の要求で乗り降りできるようにする。フルデマンドバスを運行しているのは、わたしが知っている限りでは高知県の中村市だけだと思います。

 乗客が今どこにいて、どこに行きたいかという情報を集約するのはプライバシーの問題もあるんですけれど、函館のような、たぶん札幌でも同じだと思いますけれど、真冬になるとバスが必ず遅れるのに、乗客は寒い中でいつまでも待っていなければならない。そういう問題が解決します。それに過疎地のお年寄りなんかには便利じゃないか。

 その実証実験では、デマンドバスは小さな町では赤字を減らすことができる。でも赤字は赤字なんですけど(笑)、大きな都市では効果がでないということになった。高知市はフルデマンドでなく、どこまで乗っても100円というバスの方が市民にとって有益というわけです。固定路線のバスと比較すると、だいたい乗客10人ぐらいで待ち時間、到着時間が同じになり、それ以上に乗客が増えると固定路線の方が早く着く。  でも、これって何か変。

 それはバス1台で想定するからで、乗客が多ければバスの台数を増やせばいい。乗客10人で固定すると、フルデマンドバスの方が早く目的地に着くことが分かった。朝晩の通勤客が多い時間帯でもシミュレーションでは同じ結果が出る。それで今、函館でやらないか、と市に提案しているところです。

 航空管制

 IT戦略本部が次世代ITシステムのアプリケーションを並べようというプロジェクトがあって、そのとき航空機でブロードバンドをやって、映画を見られるようにしようということを本気で考えた(笑)。

 それはいくらなんでも違うだろうというのが正直なところです。航空機に適用するんなら、管制じゃないか。管制官が機番を間違えたのが原因でニアミスが起こっている。それなら航空機に搭載しているコンピュータを相互にリンクして、お互いの進路や高度を共有して自動的にニアミスを回避するようにした方がいい。オーストラリアでは一部で実用化が始まっています。

 駐車場

 群ユーザー支援の失敗例では、駐車場の予約というのがあります。駐車場の混雑を最適化するために、マルチエージェントで混んでいる駐車場を事前に予約できるようにしたらどうだろう、と考えたんですが、混んでいる駐車場は予約を受け付ける必要がないし、予約を受けている時間がない。もともと空いている駐車場は予約しなくてもいい(笑)。

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電子政府のITとは?

 これまでのコンピュータ化、情報化は既存のモノとコトの置き換えにとどまっていて、新しい社会を生み出していない。その典型が電子政府というものです。行政手続きを簡便にしましょう、というのですが、法制度が変わっていないのでメリットが出ていない。

 わたしはオートバイに乗るんですが、車検のとき納税証明書が必要だという。その年の税金を郵便局で納入したところ、郵便局は証明書を発行できないというんですね。それで仕方なく税務署まで行って納税証明書を発行してもらった。でもこれもおかしな話で、車検に納税証明書が必要なら、陸運局が税務署に問い合わせて納税されていることを確認すればいい。なぜ納税者が納税したことを証明しなければならないのか、と思います。

 住民票とか印鑑証明もそうです。そういう書類が必要なのは、おおむねお役所の手続きですから、それなら同じ市役所の中の部署間かお役所同士で確認できるはずなんですね。情報技術っていうのは、冒頭にも話したように、これまでにない社会を創り出す可能性を持っているのですが、それを生かすには社会制度を変えていかなければならない。

 それと利便性だけ追求すると、安心・安全が脅かされるかもしれない。安全・安心を重視し過ぎると、ギクシャクした世の中になってしまう。何でもかんでもインターネットということになると、人と人の関係や地域コミュニティというものが崩れていく。ソフトウェア作りというのは、つとめて社会工学的な作業なのだ、ということで、今日の話を終わります。(拍手)