IT記者会講演再録

IT記者会Reportに掲載したインタビューと講演再録です

中谷多哉子氏(放送大学情報コース教授)が語る「もう一つのDX」とはー上ー

5月24日、東京・亀戸の江東区亀戸文化センターで「SERCフォーラム〜DXがもたらすソフトウェアエンジニアへのインパクト〜』(主催:ソフトウェア・メインテナンス研究会、増井和也代表幹事)が開かれた。その冒頭、基調講演として演台に立った放送大学情報コース教授・中谷多哉子(なかたに・たかこ)氏の「デジタルトランスフォーメーション(DX)レポートの要点」を再録する。

昨年秋に『DXレポート〜ITシステム「20205年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜』を取りまとめた「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」の委員として参加した感想や、かなり踏み込んだ個人的見解は、事前の原稿チェックで「恥ずかしいから」とカットすることになったのだが、筆者としてはそっちのほうがはるかに面白かった。

 

f:id:itkisyakai:20190602105515j:plain

中谷 みなさん、こんにちは。中谷です。よく存じ上げている方が何人か……。

え〜、それで、自己紹介をしろ、と言われておりまして。大学の専攻は、今ではすっかり忘れておりますけれども、物理でした。IT会社に入りまして、AIをやりたいと考えまして、子会社に移ったら、そこで出会ったのがオブジェクト指向でした。フタを開けたらオブジェクト指向の開発だった、と言ったほうが正しいと思います。

 筑波大社会人大学院から東大、放送大学へ

中谷 そのあと筑波大学の社会人大学院、その4期生として入りました。ソフトウェア技術者協会(SEA)の幹事をなさっている玉井先生(筆者注:玉井哲雄氏)の下で勉強させていただきまして、玉井先生が東京大学にお戻りになるというので、「一緒についていっていいですか」と申しましたら、「いいよ」と。で、東京大学に行きまして、そこで学位を取りました。

会社を辞めていくつか大学の非常勤講師をやっていたんですけれど、なんか、研究者ってすっごく楽しそうだと思って、大学の先生になりたいと考えまして、出身校である筑波大学の社会人大学院の教員になりました。で、今は放送大学というところで教員をやっております。気がつくと、私が教えているのはいつも社会人でして、18歳19歳の若い学生さんはほとんどおりません。

放送大学の授業っていうのは、1つの番組を作るのにだいたい3年かけています。1年目が企画、2年目に教科書を書いて、3年目に収録をして公開する。ということは、あの放送っていうのは3年前に「何をしようかな?」って考えたことなんで、来年から人工知能の番組が放送されますけれど、時代の変化を追いかけながらどんどん変えていって、そうなると教科書が間に合わない。「いや、そこをなんとか」ってお願いして専門の先生に書いていただいて、やっと収録に入るわけです。

そんなこんだで自転車操業とは言いませんけれど、いちど教科書を書いたからそれでいいというわけには行かず、3か月ぐらい経つと初校戻しといって校正の仕事がありまして、それを全国の放送大学の関係者が読んでくれまして、そのコメントに一つ一つお答えして、3回直して気がついたら1年が経っている(笑)。なんだか時間に追われているんだか何をやっているんだか、バタバタとしております。 

 IT予算の8割が既存システムの保守費

中谷 そんななか、昨年の春でしたが、経済産業省からお声がかかりました。声がけしていただいた方と住んでる町が同じで、駅前の喫茶店でお会いして打ち合わせをしたりして、「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」に参加することになりました。フタを開けましたら、なんとそこに来ていらした方がみなさんお知り合いでした。世の中せまいな〜、と思いましたね。

座長の青山先生(筆者注:青山幹雄氏)とは要求工学の研究会でず〜と昔からお付き合いがありまして、いやその前のオブジェクト指向からお付き合いがあるんですが、情報サービス産業協会(JISA)の研究会でも青山先生が主査、わたしが補佐をやったりしているんですが、彼が要求工学の専門家であるにもかかわらず、デジタルトランスフォーメーションの話をして、要求工学研究会なのにデジタルトランスフォーメーションの研究をやるという、奇妙な感覚を持っております。

ともあれ。デジタルトランスフォーメーション、これってアルファベットで略すなら「DT」じゃないかな、と思ってWebで調べてみました。そうしましたら、まさにわたしの疑問と同じ「なんでDTじゃないの」という質問が出てきました(笑)。その答えを読みますと、「トランスフォーメーションのことを、昔っから英語ではXで示す」んだそうです。

 で、デジタルトランスフォーメーションとはなんぞや、という話ですが、経産省としては2020、東京オリンピックに向けて日本がワクワクしている……ですかね? どうなんでしょう。オリンピックが終わったらどうなるんだ、それが心配だ、と。いまはお金が動いているんでシステム開発予算も確保できるんだろうけれど、オリンピックが終わったら大丈夫か? ITが動かなくなっちゃうんじゃないの? というのが原点です。システムが停止するという意味じゃなくて、お金が回らなくなるんじゃないの? ということです。

現在のIT予算を見ますと、全体の8割が既存システムの保守に使われている。既存システムっていうのは、オンプレミスというかモノリシックというか、個々の企業の中にドンッと入っている。企業ごとに開発されていて、企業が保有するコンピュータの中に入っている。大型汎用機、メインフレームですね、それに乗っているシステムもあるかもしれませんが……。

ちょっとですね、わたし、システムの現場から離れてけっこう時間が経っているものですから、感覚がずれているような気がしないでもないので、みなさんは「実情を知らない大学の先生が何か言っていたな」という程度に考えていただいてけっこうですが……。オンプレミスと言っても最近はパッケージ・ソフトウェアをカスタマイズするのが多いのかなとも思います。大型汎用機であるとは限らず、Windowsかもしれません。

ここでいう保守とは、法制度や社内ルールの変更に対応するという意味で「適応保守」と表現しています。時間の経過とともに取引先も変わりますし、ビジネスの進め方も変わる。それにITシステムを適応させなければならないのは当然なのですが、これって何かというと、結局は「追っかけ」なんですね。

 いまこそ独自のビジネスプロセスを捨てるとき

中谷 現状が変わったから、変わりそうだから保守をする。「予防保守」というような言い方もあるようですが、とにかくシステムを現状に合わせていこうという追っかけがずっと続いていて、それに莫大な費用が投入されている。ということは、新規のビジネスに必要なシステムを作るための予算が2割しかない、ということなんですね。それで世界の競争に勝ち残れるのか、生き残れるのか、というのが問題意識です。

新規ビジネスのためのシステムというのは、要求定義があってシステム設計をして、実装、テスト、インストールするというプロセスで構築される自社専用のシステムなんですが、実はこれもまた将来は「適応保守」の対象になる既存システムなわけです。将来、ずっと保守をやっていかなければならないので、IT予算に占める保守の割合が9割になってしまうかもしれません。そうすると日本の企業は新しいビジネスに乗り出せなくなってしまう。

ではDXのシステムってどういうイメージかと言いますと、まず「クラウド・ベース」。でもオンプレミス、モノリシックなシステムをクラウドに上げればいいのかというと、全くそういうわけではなくて、クラウドにあるシステムを複数の企業が共有して使っていく、ということです。開発費とか保守費は当然かかりますが、使う企業が複数ですので、個々の企業が個々にシステムを持って運用管理するより、割り勘のほうがはるかに安く済む。

おそらくそうであろうと考えると、保守にかかる費用を下げて新規システムを開発する費用を増やすことができるんじゃないか。効率的なビジネスプロセス、ビジネス変革のためのシステムの共有化をやっていかなければいけません。「我が社はこうやっている」「こうやってきた」に固執すると、モノリシックなシステム開発になってしまう。自分たち独自のビジネスプロセスを捨てて、共通のビジネスプロセスを採用するという決断をいまこそしないと間に合わない。それが昨年9月に経産省が発表した『DXレポート』の概要です。

f:id:itkisyakai:20190601200026j:plain

 アジャイル開発のための環境整備が必要

中谷 で、これがDXの話をするとき、よく使われる図です。著作権は経産省ですので、コピペしても大丈夫だと思うので使っています。

これ、何を言いたいかと言いますと、このまま行くと2025年に既存システムの保守をする人材が不足し、新規システムを開発する予算がなくなり、地に落ちていく。「2025年の崖」っていう、かなり衝撃的な予測です。日立のメインフレームの生産終了、Windowsの一斉更新、SAPのERPパッケージのサポート終了といったキーワードをあげて警鐘を鳴らしてくれている。こういった幾つかの変化が2025年にやってきて、ドカンと。

かなり危ないのは間違いなさそうなので、デジタルトランスフォーメーションに手をつけなければならないんですが、既存システムを全部捨てるっていうのは申し訳ないんですが……。それでシステムを再構成して、コアな部分と共通化してもいい部分を切り分けて行って、共通化してもいい部分はクラウドのシステムを割り勘で使うようにする。共通化できるシステムを複数の企業で作って、運用管理していく仕組みを作っていくことが大事じゃないかな、と思います。

逆算すると、2025年の崖を回避するには、2020年の末まであと1年半を準備期間として、自分たちのビジネスがどういうふうに動いていて、将来はどういうふうに動かすのか、いま保有しているシステムがどれほど重しになっているのか、どれだけコストがかかっているのかといったことを、客観的に診断していかなきゃいけないんですね。そして意思決定をしなければなりません。

一方、ITベンダーはですね、多くのユーザーからクラウドで運用する共通システムの開発が集中したとき、「済みません、技術者がいません」「技術的に対応できません」とは言えないので、人材育成と技術開発、技術習得が必要なわけです。

もう一つ、忘れていけないのは制度の整備。政府の方がこういうのは毎度のことなんですが(笑)。ただ、これって何かというと、アジャイル開発なんですね。働き方改革とも関連して、いまの契約制度、就労制度のなかでアジャイル開発は微妙な問題があるようなんですね。そこでアジャイル開発が広がるような法制度を整備していきましょう、と。そういうことが『DXレポート』に書いてあります。

【続きは⬇︎】

http://interview.hatenablog.jp/entry/2019/06/05/135848

アクセスカウンター